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切手を取引した相手に送った歌

短歌

 宛ての無い はくしの手紙 握り締め 博学心は 夏雲を掴む

解説

・宛ての無い 博士の手紙 握り締め 博学心は 夏雲を掴む

 『宛先が無い博士の手紙と』は、博士の著作物(学徒など広く自分の教えを学ぶ者へと宛てた手紙)を意味している。

 また『握り締め 博学心は 夏雲を掴む』では、それ(博士の著作物)を入手した事により、夏雲のような変化し易い雲でも掴めるような気持ちに成ったこと(「不可能を可能にする事が行える」と言う思いに成った心境)」を意味する。

・宛ての無い 白紙の手紙 握り締め 博学心は 夏雲を掴む

 頼る相手が居ないのに、誰かを頼りたいと想っており、「自分が物事に精通していた」と言う過信は、複雑に変化する夏雲を掴むような心境(掴もうとしても掴めない。自信を消失している状態)に陥っている。

詳細

 上記二つの例からも解る通り、見方を変える事によって、色々な意味合いに変化する歌と成っている。

 教養が有る人だと、一つ目の解釈に至るのかと想われますが、逆に知識が乏しいと、二つ目のような解釈するのかと想われます。

 つまり、読む人の性格などによって変化する短歌に成っている。

切手の取引にて・・・ その2

以下の文面に付いて

 切手の取引を行った時に、その相手へ感謝の気持ちを伝えた時の文面である。

以下は、本文

>追伸
(一)
 現在、英国の王室では、『Africa(アフリカ)の星』と呼ばれる
大型の Diamond(ダイヤモンド)を保持しています。
 僕は、日本人の国民、その一人として、それを Africa にと返す
ように願っています。
 その理由は、「技術者は、技術が売り物であって、作り出された
商品が、過剰な価値観で出回る事は、公害を発生さていることにも
等しい場合がある」との観点からです。
 それは、紳士的に英国の王室が、「我々英国人は、人によっては、
只の石を、価値の有る物に加工する技術がある事に人類的な誇りを
感じているのであり、その技術を伝承する事の使命を担っていると
言う、民に課せられた責任を象徴するべく国であるから・・・」と
言わせたい想いからです。

(ニ)
 又、Olympic(オリンピック)も、Africaで開催される事を願って
います。
 近年のOlympicは、只の見世物であり国際規模のCircus(サーカス)
と化しています。
 例えば、100Mの世界記録保持者が、その技能を活かして街中にて
引ったくりを追いかけて犯罪の抑制に貢献した等と言う事実は、まだ
聞いておらず、むしろ成り上がった末に廃人と成った選手が、意外に
多いことしか把握してません。
 Africaの原住民など、今時代でも動物を追いかける技能として必要
とされる者達が、生活を維持する為に必要とされる技能を競い合うと
言う競技に成って欲しいと想っているからです。
 また、Olympicの選手は、薬物検査の為に性別の確認や排尿を監視
される等、「そうまでして実生活に必要とされない一時的技能を誇り
として生きたいのか?」と思います。
 逆に、Paralympics(パラリンピック)ならば、先進国でも尊重を
される必要が有るのかとも想っています。

(三)
 旧 Letter Pack における送料の不足分に、国立印刷局製造の Tag を
付けて頂いた事を嬉しく想っています。
 自分が子供の頃には、大蔵省と印刷されている分部を「他部分よりも
価値が高い!」っと言って、友達同士で競うように、集めたりしていた
ことを思い出しました。
 今回、お取引をさせて頂いた記念にと、開封した Letter Pack を保管
するつもりです。

 ついつい、御取引をさせて頂いた喜びと、感謝の気持ちで長文と成り
ご迷惑をおかけしているのかもしれません。(僕の過剰な個人的主観に
よる利益を追求した為に生じた、前出の公害に値するかの如く)

 宛ての無い はくしの手紙 握り締め 博学心は 夏雲を掴む

 そう言えば、日本国には、俳句の文化が有ったので御座候。

切手の取引にて・・・ その1

以下の文面に付いて

 切手の取引を行った時に、その相手へ感謝の気持ちを伝えた時の文面である。

以下は、本文

 全ての商品を受け取りました。

 また、切手の一つ一つに製作者の思いを感じながら
検品をさせて頂きました。

 これまで、趣味とも言えませんが、少々にと国内の
記念切手を見たり、それを手紙に貼って送ったりする
程度の感覚でしたが、今回の取引で一気に膨張的にと
世界的な芸術観や英知を感じ、とても感動しています。

 切手は、Diamond(ダイヤモンド)にも似ており、
今時代的だと高価な物ですが、興味の無い人達には、
只の石であって、それを磨き、光の反射角度を付け、
光り輝く物として、夜空の星を手に入れたかの如くな
心境にと人々を誘います。

 でも時代が過ぎれば、庶民的に高価なる商品として
取引され、それを有している事で優越感を得られると
される物と変わり、その過剰な大衆の貧しい想いから
擬品のGlass(ガラス)細工までも出てきましたが、
人間的に美しい人は、DiagramでもGlassであっても、
人的に美しく輝いているのかとも想います。

 切手も、大衆に与える影響は、同じ物なのに人々の
性格によって、受け止め方が異なり、Diamondよりも
大きな影響を広い範囲で及ぼしています。

 そして切手は、『母の手料理、父が子供達(自分の
子供に限らず、将来の大人達)へと創造的な物などを
作った物』と似ており、「母の手料理では、貧しいと
言いながらも、不思議と美味い家庭料理の製造者」で、
父親が作る子供達への物は、「自らの子供に限らず、
等しく全世界の子供達に託す人類の未来の為に」と、
各種の愛情(僕は、愛を「それが喜劇であれ、悲劇で
あれ、約束された未来」と解しております)なのかと
想っており、それらの愛情と同じような感情を切手に
感じた次第です。

 実は、幼少期から手紙と切手に付いて、通信手段と
言う観点で少々だけ関心を抱いており、一時期には、
文通や少々の記念切手を収集したり、使用済み切手を
集めて福祉事務所に寄付したり(古切手募金に参加)、
後に派遣社員で郵政に配属され、当時の総裁印を押す
仕事をしていたり、弁護士達が裁判所へと送る信書を
EXPACKで送る事を発見して、現在の Letter Pack を
作って欲しいと要望を行ったり、他社の Mail 便との
競合性を考慮した新商品(現在では、Click Post 等が
販売されています)を、日本の国民、その一人として
促したり、僕の人生を思い返せば意外に郵便に関して
多くに関与していた事を思い出しながらの取引でした。

 そして今回は、国際的な英知や愛情、友愛を感じる
機会を与えてくれた事に感謝します。