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獅子の子

獅子

 獅子は、三匹もの子供を同時に産まない。

 仮に、三匹の子供生まれ、それを育ている事を他動物に見られたら、後に他動物を襲う前に、まず自らの子を食らうに至る。

 それが、自然の摂理。

三匹の子

 大自然の中で、三匹の子供が産まれた。

 初産の獅子は、三匹を我が身のように可愛がった。

 ある日、それを他の動物に見られてしまう。

 「私の群れが、お前(獅子)達に襲われているのに、なぜ故に御前達が増えているのか。御前の種が増えれば、私達が更に襲われる。やがて私達が滅ぶのかと想えるが、その後に御前達も滅ぶとも想える。」

 「我々は、獅子の種である。仮に我々が、草木だけを食(は)み、それで生きて行けるなら、御前達を襲わない。」

 「私にも子供が居た。御前の可愛がっている子のように、私だって可愛く想っていた。ところが、私の子供が御前達に襲われ、その血と肉、そして骨を食する事で、御前達の子供が産まれ、育つ宿命としても、もともと御前の体は、私達を食する事で成り立つのだから、私達と変わらない身であるはず。父と母の命を繋ぐ二匹の存在を理解するが、三匹の子供を生かせば、我が子への怨念も、愛(う)かばれず、それによって私達と共に、御前達も滅びるだろう」

 「ならば、次に御前達を襲う前に、我が子を食らおう。我が子は、御前達を食らい、この身から産まれた子供で、御前達と変わらない。でも、我が子を食らった後には、また御前達を襲う。それは、御前か、御前の子に成るのかは、知れた事でもない。御前達の肉や骨、血を食らい、生きて行くのが我が種の宿命。草木だけを食(は)み、それで生きて行けるなら、御前達を襲わない。」

獅子として生きる物

 我が身、獅子として産まれたく思えて誕生した訳でもなく、我が子を愛しく思わない事も無い。

 我が子を産んだのは、我が身であり、それを食して我が体にと戻す。

 それが、我々が襲った動物への供養と成るのかと想えつつ、我が子を食するに至り。

白虎

 人に育てられつつ、崇められ、人と共に生きた獅子。

 今、時を越えて、何かが始まる。