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幸福感を売る宗教が、改めて増えている。

近年の傾向

 『他人を説教で幸せにする営利な活動』が増えているが、情報化が進につれて、『情報の扱いに関する能力を得た人が優位に成る事』は、20年以上も前から、本邦(日本国)として解っていたと想えつつ、それが仮に解ってないのであれば、先進国としては、愚かである。

教祖と隷従

 基本的に人類の歴史的な宗教や思想では、「個人の人格に置ける自律性が求められる」ので、過剰な隷従は、真の宗教だと好まれておらず、安易な弟子入りや信者の獲得を行ってない。

 前出(近年の傾向)のように、「幸福(利益)を得られる事を前提とした、営業の活動(本邦では、宗教法人に対する税務の効果が原因)が改めて増えており、それが後に暴徒化する事が脅威に成っている」のであって、全宗教や思想の集団に対して懸念される。

 つまり、幸福感を売り物にしている宗教や思想の団体は、人類の歴史的には、『近代的な営業の活動』に過ぎない。また、それらの情報は、多くが世界的電子網(internet)から無料で入手が行える。

 よって、「幸せを売る営業の活動は、信者(継続的な寄付や献金などを資本的な利益の確保を行える人材)の確保は、重要視される」ので、どの宗教でも信者を獲得する傾向にある。

君が代の二番

 最近に、霊獣の状態を『鵜飼(うかい)の鵜』と表現するように心がけている。

 それは、本邦(日本国)の国歌である『君が代』の二番に由来する。

 また、それ(君が代の二番に秘められた人の性格)を想えば、「(あ)鵜が野性に育つのか、(い)人が育てるのかの観点は、(う)本邦の国民に委ねられる」が、西洋の思想に置ける『羊(ひつじ)』と然程に変わりない観点であるのかとも想える。