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中絶は、罪なのか。

Catholicismus なのに、現代的な観点では、Protestantism

 今時代的には、Catholicismus の発想は、Protestantism に、聞こえる事が、有る事に、ある意味で、面白みを、感じる。

記事
 ・人工中絶は「殺し屋を雇う」も同然 ローマ法王、国際会議で発言
  ・CNN
   ・令和元(皇紀 2679;2019)年05月27日 13時22分

 ・ローマ法王フランシスコ、「かつてバーの用心棒だった」
  ・CNN
   ・平成25(皇紀 2673;2013)年12月04日 11時08分

医療の実験材料的な、発想

 実験の資料を、色々と、得る事で、科学が、進化する事は、知られている。

 でも、逆に、『性善説、性悪説』の観点も、有り、「産まれたから、悪も、生じ、産まれないから、悪も、生じない」と、言う、物理的な、矛盾(Paradox:ぱらどっくす)が、生じる。

 東洋の思想では、『二匹の蛇(へび)が、お互いの尻尾から、相手を、食べようとする絵』が、知られており、それと、類似的に、『白と黒の勾玉(まがたま)のような模様』や、それを、回転させると、七色に見える、不思議(科学)なども、知られている。

 つまりは、『光と闇』と言う、発想も、有って、やたらと、二元化する事で、物事を、考える発想が、西洋の思想には、多い。

 多神教など、東洋の思想では、多種の発想では、逆に、物事の観点が、複雑化する状態にあって、人の意識が、飽和する傾向に、有って、逆に、二元化された、観点では、二進法によって、解析されつつも、多くの時間を、要すると、懸念されていが、電子計算機の発達から、人の脳を、上回るような機械も、誕生するに、至っている。

 男女に限らず、人の親でも、物の開発者でも、『創造を、行った者(物)への責任』が、問われつつも、それを、「神仏精霊の名の下に、無席認可する事で、人の苦心を、開放する(戦略)」は、古来から、色々な宗教で、見られる。

司法の性悪説

 近代の学問で、西洋の『諺』(JOKE)に、「優秀な弁護士は、全て、地獄に、居る」と、言われているように、「知性が、高くても、共存性に、欠ける、精神病質(主に、利己的主義)者の存在は、経世済民的な観点では、古来から、問題視されており、暴君の存在も、問題視されている。

 産まれてきた子供達は、「自ら、望んで、産まれてきた」との発想は、無く、あらゆる物(者)の誕生は、生産者の存在によって、成り立つ事も、解っている。

 つまりは、「製造する事が、悪いのか」が、問われる。

 二元法では、「有る、無い」で、分けられるので、「(A)有る物は、有る」、「(B)無い物は、無い」と、区別され、「(C)有る物は、無い」、「(D)無い物が、有る」とは、表現されない。

 でも、文面を、見れば、解る通り、『「(C)有る物は、無い」、「(D)無い物が、有る」』との発想は、存在する事が、無いと、想えるが、このように、文字(文面)で、表す事は、行える。

 (C)、(D)で、共通する、『解の無』(答えが、無い)では、『 Σωκράτης(そくられてす)』の「無知の知」とも、類似する。

 また、西洋的思想における、 Tennis(テニス)での『LOVE』及び、卵の発想も、有る。

 東洋の思想では、『無』が、有りつつも、仏門に、務めながら、『無』を、求める強欲者も、多い。

 Terrorism(テロリズム)等の発想は、『破壊、苦痛を、
与える、死を、恐れない』等の観点にも、繋がるが、逆に、
『反射的神経や、痛覚的神経、免疫力』等により、物体の
保持を、行う、判断を、学習される事も、重要視される。

 つまり、『物体を、保持する観点』と、『物体の発生を、抑制する観点』が、生じる。

僕の観点

 実は、人が、「無ければ、良いのに」と、言う発想の根源には、「それが、有る事が、前提」で、生じている。

 つまり、善と悪で、言うならば、「悪は、無ければ、良いのに」と言う発想は、『悪が、有るから、無ければ、良いのに』と、言う発想に、至るので、「悪が、初めから無ければ、何ら、悪と言う、存在も、無い」と言う、論理式が、成り立つ。

 「闇が、有るから、光が、有る」、「光が、有るから、闇が、有る」を、宇宙的な規模で、考えると、「闇の中に、光が、有る」のが、事実で、「光は、闇の中で、発せられている」と、解る。

 物事に対する不思議を、『有無』で、考えると、『善悪』で、判断する意識が、産まれるが、現実的には、戦略的な、自己優位性の観点に、基づいて、展開されているのが、事実。

 『生存(存在)の有益性、消滅の有益性』でも、「生存(存在)が、有るので、消滅の有益性も、生じている事が、解る」のであり、生存(存在)が、無ければ、不利益が、生じない事も、解る。

 それらの観点から、「存在の有無、及び、それに関連する人の意識」を、『恐怖や欠乏を、悪用する形式で、成り立つ、隷従、専制』が、世界中で、問題視されており、本邦でも、憲法の前文、第二段落目で、除去の対象と、成っている事が、示されてる。

僕の発想では、中絶が、罪なのか

 僕は、罪とは、想えず、先進国の多くでは、中絶を、認めている。

 逆に、「中絶を、認めない事で、女性が、多産により、苦心する事で、人口の増加を、防ぐ」との発想も、有る。

 今回の課題では、「子供を、産んだ事すらも、無い、男体的発想で、女性の立場では、どのように考えるのか」も、重要視される。

 天動説も、有れば、地動説も、有り、人の思い込みと、現実、並びに、近代的な仮想的現実、それと、人の想像力に、創造力。

 人が、生きる観点で、自分の都合が、良い選択肢を、選べば、良く、宗教、信仰の自由が、認められている国では、無信仰を、含めて、民の自由と、成っている。

 故に、『選択肢の一つ』と、言う程度の問題で、「健康な子供を、産み、育てる」っと言った、観点では、母体の健康を、適切に、維持する環境や、能力、及び、子育ての健全性など、人に、課せられた、責任は、意外に、大きい。

 っと、言うのが、日本一、無責任な、僕の発想で、有る。

 なお、責任が、「課せられている状態から、逃れようとするのが、無責任」なのか、「課せられた責任から、免れる』のが、無責任」なのかは、本邦(日本国)だと、憲法や法律で、規制されているが、「刑事の責任と、それを、課する審判は、裁判所でのみ」との観点で、想うならば、犯罪者を、捕まえられず、『公訴権のい時効的消滅』や、容疑者の逮捕が、行えない状態は、『免れている』に、値するのであって、それこそ、捕まらないように、神仏精霊に、すがる輩も、居るのかと、想われる。

 僕の経世済民的な環境造りでは、『犯罪が、生じ難い、環境造り』が、課題で、既に、発生するに至った犯罪には、然程に、関心が、無い。

 発想的には、「『有るから、悪い』ので、『発生が、無い環境』ならば、悪の存在が、無い」と言う観点に、成る。

 よって、僕の行っている、『経世済民的な観点での建国造り(つまりは、犯罪が、生じ難い、環境造り)』は、「物理的な発生の要因を、極力に、減らす環境造り」で、あらゆる事にも、用いられ、「ごみ発生の抑制」等、「多産が、生じなければ、人の数ほど、不幸も、生じない」と、言う発想にも、類似する。

 なお、「西洋では、Pie(π:円周率)の発想も、有って、『少ない量を、大勢で、分けるよりも、まず、小さい Pie を、大きくする事で、十分な分配を、確保する」と言う、観点が、有りつつ、東洋の思想では、それが、『和の精神』(又は、和)で、表される。

追伸
 令和の時代、君達が、どのような人生を、選択するのかは、自由。

警告
 洗濯物は、衛生上で、溜め込まない方が、好い。

忠告
 男の誇りと、埃の区別が、行えない女性は、男を、駄目にする。