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No.0511 進化論

2004-03-16
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  元祖 万<よろずがく>学 No.0511
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作成 2004-02-25
課題 進化論

 今年から税務署は、首都圏など限定区域にて
日曜日も受付ける窓口を設置し対応をしてます。

 行政Servisと言う分野も、民間企業の発展や
便宜性が高まってこそ、意味がある存在ですが、
公務員試験などによる存在で、一般人達よりも
自らの立場が社会的に優位にあるという錯覚や、
民間企業によるしたうけ談合、官間接待等にて
過剰に祭り上げられた社会的地位が足枷になり、
行政機関の発展が遅れていた。

 しかし昭和後期からの俗称で言う経済不況で、
『行政の資金源が、どのように収集されるかが
見直され、本格的な行政進化論(俗称・行政の
改革)が提唱され、即効的に実行されて行った。

 今日における行政機関の反転は、日進月歩で
発展をとげており、小さなことでも見逃す事が
無いほどに、修正、改正への取組が進んでいる。

 しかし『住民基本台帳制度』に関して多くの
国民が疑問を抱いており、それによって生じる
侵害性などを不安材料に、問題視をしている。

 人間関係として、”偏見”と言った言葉が、
どれほど人間の社会、文化などの生活に対して
影響を与えているか、皆さんが小中学生の頃に
既に実生活などで経験をしているはずです。

 お父さん、お母さんは、言いませんでしたか?
『〇〇さんとは、お友達になったらだめよ!』
などと、偏見教育は、私達が既に忘れていた
幼児期に頃、既にその種が植え付けられていた。

 競争と言う社会においては、勝負時代だとも
戦後の昭和期から言われていましたが、人類の
歴史的な規模で先進国と言われていても個々の
国民達の心情は、打ち砕かれた希望や夢により、
いつの時代も変わらない、失望感が経済世界を
覆うことになった。

 現代の少年達は、決して無能てきな存在でわ
ない。むしろ、賢すぎるぐらいの存在であり、
もって生まれた能力を発揮できる社会での場が
ないことから、社会的貢献意識にも欠けてくる。

 社会での恩恵に対し、夢を叶えた少年たちは、
積極的に社会貢献にも精をだすが、その反対に
社会制度により、自分自身が社会生活上不利な
状態を強いられたりすること等が多くなると、
社会への偏見も、よりいっそうに高まるのだ。

 自分達が何の為に、家庭を持ち文化を育んで
子孫を残して行くのかが、人生の大きな課題で、
更に、それらの意味合が見出せないと平常での
生活状態であっても、慢性的な失望感に病むと
言うことになってしまう。

 かつての幼い私達の夢は、その当時に社会の
最前線で働きかけていた、社会人達であったが、
好景気を迎え、成り上がり現象から経済原理の
意味合を超越してしまい、経済収益率等の高い
人物が、社会権力等も左右させる事ができると
言った現象を引き起こし、人道的な信頼関係が
無くても現金や資本を基に信用が即決処理され、
信頼感と経済的効力が”=”で結ばれたのだ。

 あらゆる宗教各種の原理主義者達が、経済を
嫌う理由として神の聖域を超越した権力意識が
端から見ると、自己満足の協調性、且つ共同的
和平活動にかけた不平等的な競争社会だとして
誤認してしまう。

 物事における原理、原語、原意などを解さず
使用している言葉自体にも問題があるのですが、
仏教いで言う梵語の解析、聖書における空想的
物語、神話に見られる人間の生活描写などなど、
原意なる解析を理解できないが為に『進化する
ことができない文化時期』を迎えてしまった。

 私は、一般論とされる世論に動じず、独自の
判断的価値観を基に、色々と行動してきました。
その結果が今日に至っているのですが、それら
物事の見方は、”視点と支点”や”悪行を知り、
膳を知れ”などのあまりにも純粋的な言葉が、
私の中で生まれてきました。

 それらを知った以上、その解析から最善なる
手段を見出すのも、その後での進化論となる。

 聖書風には、『想像たるは、神の手に委ね』
と言われ、日本の神話で解する『人的な技術の
誕生が女性による人の誕生により、その全てが
作り出される』として意外にも重要視している。

 仏教やChristianityでの私の客観的解釈だと
『自らを知り、人を知れ。人を知り得た以上は、
その英知を万人に分け与えることが、知り得た
者達だけに許され使命である』と強く表現して
いるように感じている。

 物事の原理、そして”不変なる法則”でさえ
条件が風化して、必然的に法則の値が変化して
日々に、法則の値を変化させている状況下では、
人間個人が、一回の人生で理解をすることが、
可能だと言えないことを伝えている。

 極論では、”恐怖”を極めた場合に得られる
人間の五感は、奇跡を引起すとまで超越される。

 私たち近代人は、歴史の最前線に居ながらも
その原理を理解しておらず、地球上での生物の
中では、一番に文明、身体の進化の早い生物で
あるのにもかかわらず、それらですらも理解を
している人は、少ない。

 せめて人間が、時折に自分が子供だった頃の
行動的な思い出を、個人的に思い返すこと等が
安易に行なえれば、現代文明の進化にも加速が
かかるように思える。

 そうした観点では、”懺悔”として心情での
解除を行う行為は、好ましくないかもしれない。
と言うのが仏教での解釈でもあります。しかし、
神教では、仏教での心身的闘争心、喜怒哀楽や
感情における個人的な浄化の失敗に伴う行為の
正当性を非難している。

 どちらが良いと言うわけでないが、それらの
併合的な極意が極められたのであれば、恐らく
この地球上における人類の最強の人類の発展的
論理になるに違いない。

 良きも悪きも同様で、双方の折衷的な解釈が
最善なる環境を生み出すかもしれないのだ。

 公的機関における原理、政治の原理、犯罪の
原理、宗教、生活、恋愛、学習、人生の原理。

 抵抗心理をVakzinと解して正当意識で悪行を
行なう宗教すらも出現する現代。

 私の個人的な考えとしては、人間の誰しもが
科学者であり思想家でもある。しかしそれらを
現代社会が抑圧していることで、少年達の夢の
未来までもが抑圧されている。それらによって
今日の日本が病んでいると解釈しています。

 研究は、科学者、博士だけが行えるのでなく、
誰もが行なえる”人間の遊び”だと考えている。

 人生を楽観的に捉えた過去の偉人の意思は、
奴隷を作成する為の聖典、聖書と形を変えた。

 しかし現代人は、日本の憲法の基に生まれた
自らの人生を、宗教にとらわれることのない、
”自由”の権利を手にしておきながら、それを
理解してないと言う点も、現代人の問題点です。

 法治を放置してきた一般人
     統治を倒置してきた政治家
         聖地を精緻した権力者達

 しかしどうして天才と紙一重で馬鹿なんだろう?

\(\ω ̄-)ヘン〜(( ̄ω/)ゝジン!

     \(` ̄ω ̄´)/
      びよぉ〜ぉん♪

   噺家でも食べて行けるかなァ?

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☆ 笑いの電動コケ師達 ☆
(万学的、帰ってきた天才、秀才、HIROとその仲間♪)

<お題>
万学的、進化論

天才 日々の成長が、進化となって更に過去となる

秀才 老いると言う事も時の流れでわ進化と解する

HIRO 新化論、これを解するには、改革と言います。

アホ 珍化論、これ解するには、万屋のHIROと言う。

馬鹿 アホの採用を取りいれたことを、侵害とする。

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