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No.0389 零の美学

2002-12-26
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  元祖 万<よろずがく>学 No.0389
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作成 2002-11-09
課題 零の美学

 零は、”無”を意味する。

 零に於ける美学には、誕生と消滅を司る思想から
成立っており、之における物事の解釈で、理論的に
解釈され展開されて行く。

 零の美学 第1章 誕生、出発と時間の歪

 仏教における”無”は、無を求める事でわない。
むしろ「無の存在を理解すること」により、万物の
存在の見合いが見えてくると言うのである。

 しかしそれを真っ向から否定する考えがあるのだ。
『人は、神になり得る生き物であり限られた人材が
万物を崇拝する事ができる』との言う原理思想だ。

 神話を見た事があるでしょうか?
題材となる神々達に、様々な姿をした動物達なども
神として祭られている。古代エジプトの壁画でも、
頭、胴体、手足などが人間でわない生き物を記して
いるが、その意味合が何を意味しているのか?

 マヤ文明における”零”を表す記号(絵文字)は、
人間の眼にとても良く似ている。また、エジプトの
ピラミッドを紋章とするフリーメンスンの絵柄も、
ピラミッドの中に眼の絵が書かれている。

 誕生や出発を意味する”零”だと誰しもが思うが
之における「不義の後退」が、俗に言う裏世界だ。
しかし矛盾しているのが、零を基点に誕生しらせず
不の世界で生きて行けるわけがない。つまり蘇生に
よって初めて『不の世界』に踏み入る事ができると
様々な宗教の極論では、記している。

 零の基点は、生物にとって誕生を逆算することが
意味されるのですが、誕生の為の物質が存在しない
と言うことになれば誕生すらもできないので、零を
基点した「不の世界」が存在しないのだ。

 死後の世界と言う名目で人間は、「魂」を定義し
”不の世界”を淡々と個人の現実思想をもとにして
描写しているが、良く観察すれば亡者達の醜さは、
人の心を醜さを表しており、醜い神を表現している
ものが先進国文化にないのた特徴です。ところが、
古代文明におけるアステカやマヤ、各地方における
慣習の中には、比較的醜い神々が多く存在している。

 人間は、死んでから初めて「不の世界へ」と足を
運ぶ事になり、この世界を死後の世界として考える。
また相対的な考えとしては、実にもっともらしいと
思われがちな世界でもある。

 しかし、”無”から何かが誕生すると言うのなら
『実際には、物理的にありえない』ことを表現して
いることになる。実は、それに対して”愛”と言う
言葉を当てはめるのが言葉の意味合としてもっとも
妥当であると考えている。

 この世における一般的に言われる生物の誕生は、
『只単に、生物の融合、若しくは、分割で成立ち、
無から誕生しているのでない』と言った科学的な
意見があるからである。その点に付いては、良く
考えると解ります。人間であれば、精子と卵子の
関係やアメーバーなどの生物においては、分裂を
繰返す事で、遺伝子的な延命行為を行っている。

 ちなみに遺伝子の分野で細胞分裂がありますが、
この点での癌と言う細胞があるが、それにつていは、
”破滅的な細胞”と解釈するよりは、奇形による
誕生であり、不の細胞としては、自殺する細胞を
意味している。その自殺死する細胞と言うのも、
現代の医学で見付り、ある一定の条件がそろうと
死滅するのでなく自殺するらしいのですが、あまり
詳しくは、学んでいません。

 一般的に言われる「零から出発をする」と言う
状況が殆どありえないと言って良いかもしれない。
つまり数字の基点として零を代用し例えで言うが、
零と言う物は、数字の世界でも起点とならない。
つまり「1からはじめよう!」と表現するのが、
正しい意味合であり、「零からはじめる」と言う
表現は、自らの存在を否定している事にも値する。

 また不の世界を表現できるのは、現在のところ
思想的な表現と数字の世界だけであり、現実には、
それを証明できない。むしろそれが証明できると
言うことは、タイムマシーンができたことを意味
することになる。

 アインシュタインは、相対性論で物理的時間の
歪に着眼して、過去と言う物を考え始める。また、
それを次元と定義し三次元の物理学から4次元の
物理学の世界へと、思考が切り替って行くのだ。

 物理的な歪と言うのは、先にも生物学的面での
蘇生に似た物で、”時計の振り子”で表現される。
時計の振り子は、振りきった点から動力に相対的
側面へと移動しますが、この時に振り子が一瞬に
振切った時に瞬時に停止をしています。それが、
時間の歪だと言うことで、それを辿ると過去へと
遡ることができると考えてしまう。しかし誤り。

 時計と言う者は、”時”を表している物である
のですが、測定している道具に過ぎず時計自身が
時間であるわけでありません。つまり時間を表現
しるための物であって”時間”と言う物を捉えて
いるわけでは、ないのです。

 SFの世界で時間と言う物は、生物の生存した
記録を残す為だけに存在していると言われている。
それ以外に付いてわ確定的な結論としての時間を
定義するには、”未来や計画”と言う言葉を含め
簡単には、証明できないと言うのだ。

 人間が時間と言う物を考える時は、必然的にも
時計を想像するが、時計は、只の測定機であって
時間その物でない。なら時間と言う物をどの様に
考えれば言いのだろうか?

 アインシュタインの振り子における時間の歪は、
物理的な測定機(時計)の現象であって、実際の
時間と言う物を振り子に例えるならば、相対的で
なく正数的に止まること無く進んでおり、これを
止める事ができないことからも法則として存在を
している事を認識してる一般人は、以外に少ない。

 動き出したら止まらないのが時間である。でも、
もし時間という尺度を考えるなら、大きな環境を
突き詰めて行くと、宇宙理論のビッグバーン等に
辿り付くことになる。これが俗に言う時間の尺度。
また個人の思想における例えにおいても、大きな
環境を前提に原理を考えるならば、意図も簡単に
縮小的な分野でも代用できると言う事であって、
物事を考えるのであれば、大きければ大きい程に
単純であり簡単だ。

 古代の賢人達の発想と、そうした情報文献等を
得ていない自分の発想や行動が、類似したりする
のは、只単に古代人のように物事を単純化しての
考えだから行き付く原点が似ていたり同じだとの
結果となるだけの話しで、賢いわけで無いのだ。

 ”零”は、物理的に存在しない環境であり、
本来数学の世界でも存在しない数字であると
考えるべきである。つまり、数字の歪であって
零を測定する無意味さを表しているのだ。が?

 SFの世界では、それを覆す発想があるのだ。
”零から1”は、その過程を人間が理解できると
言うのである。それは、発想や空想、閃きだ!

 つまり、想像から産まれた物を現実的にも、
創造できる生き物として、存在すると言うのだ。
しかし実際の作業は、物理的な融合や組立等の
結合だが、物質的役割としての個体を新たにと
産み出せる能力を誰しもが持ていると言うのだ!

 漫画家における『想像から創造への挑戦』は、
時を越えて、未来の文明を支える事になる事も
あるのだ。

 SFの思想と、人間の心理、そして「零」。

 『零』と言う物と『時間』と言う物を直接に
表現できたら、ノーベル賞でも貰えるかな?

(−ω☆)キラ〜ン♪

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☆ 笑いの電動コケ師達 ☆
(万学的、天才、秀才、馬鹿と『万屋のHIRO』)

万学的、零の美学 第1章 誕生、出発と時間の歪

天才 零と言う単位を定義した学者は、芸術化だと
   数学の世界で言われるほど不思議な数値だ。

秀才 実は、Loveを零と表現する場合もあり事から
   零における愛との関係も、調べる必要がある。

馬鹿 駆け落ちした二人、東京駅08:20分発電車に
   乗って二人の人生が零から始まるのだ。

博史 人間は、物事を定義付けするのが好きである。
   しかし中には、定義付けするのが嫌いな人も!

弟子 定義付けを嫌う人の多くは、直感的に活きて
   いると言われており、ある意味で自然と調和
   しながら活きていると解釈できる。

元女 本能で生きる男性を見ると女性の心引かれる。
   その理由は、保護無しで活きて行けないから♪

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