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No.0355 権威者は、信頼できる参謀を反論者にせよ!

2002-10-02
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  元祖 万<よろずがく>学 No.0355
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作成 2002-09-07
課題 権威者は、信頼できる参謀を反論者にせよ!
副題 「零」 第1章 相対体制をとる

 独裁。君主の発言が主体となる集団人為体制及び
社会体制を意味している。

 一般的な民主主義体制において少数意見は、群集
心理の基で排他的行為を受ける事が多い。しかし、
こうした少数(個人を含む)排他行為から保護的に
補うために法で、保護されているのが法治国家での
社会体制である。

 軍隊は、もともと指揮権力を持った人物が有権で
あって、その指揮権に於いても階級と言う名目にて
指揮権力の効力と有効性を区別している。

 現代社会の物事において、一般的に会社体制は、
「縦割り社会」と呼ばれ、軍事体制に類似している。

 自分の上司に逆らう事は、会社に背くと行為だと
教えられるが現代でわ『上氏に逆らうと言う事は、
例え君の意見が間違っていなくても、それに従ずる
べく立場におり、意見を述べる事ができてもそれの
判断をするのは、指揮命令を持った人材だけだ」と
教えられる。しかし、その上司を主として日本社会
全体を危機に陥れる行為が行われたら、どうだろう。

 人間の歴史で『独裁者の影に反論参謀あり、又、
王権の側近に奇術師(宗教、占師を含む)あり』と
言う歴史的背景がある。これは、単独的な権威者が
独断的な判断をする場合に、その責任的な威圧から
精神的に逃れようとする行為でもあった。しかし、
自分の意見に対し、反論的意見を基に自らの意見を
再構成し、より良い意見を再案する事も可能になる。

 現在、戦後の日本において一般企業社会体制は、
『縦割り』と言われており、軍術的体制を基にして
成立っていると言う意識が強い。しかし、そうした
体制に逆らうように成り上がって行く優秀な人材も
極少数ながらに存在するのは、事実です。

 これに対して『年功序列』は、東洋独特の社会的
体制で、西洋的においては、アメリカが権力所得者
などにおける実力主義であり、イギリスなどでは、
血統、社会的貴族階級等がある。

 西洋文化の歴史には、家族内でも裏切り行為や、
背任行為がざらにあり、生き残った者が正義あり、
敗者として生き残る事は、悪として行き続ける事に
値するほどの屈辱でもある文化を持っている。

 日本でも、戦いにおいて敗者は、死を意味してる。
また、敗者が生き残る事は、武士としての恥である。
武士は、勝って生き残る事にのみ勝利があるのだ。

 世界の文化を主要部分を見て行けば文化面などで
若干に、共通する部分が出てくるの感じると思う。

 文化は、その地域で生きて行く為の慣習を維持し
且つ、個々の生活を維持しよとする自然と人口での
調和状態である。そして、そうした文化の集合体が
社会である。多種有る文化構造を維持するために、
法を用いて理論的に体制を整えている。

 独裁、君主、王権体制においては、個人の言動が
主となって、配下人材を従事させているのですが、
配下の人材からの信頼が薄れれば、謀反、反逆等の
行為が発生する。その為、主権者たる者は、配下の
人材から信頼を得ているか、又自らの言動が正しい
のかを常に問われ、配下人材への気配りを覗いつつ
親族においては、一番の疑念を抱いていた。

 日本の文化史は、感情的社会でもあったらしく、
権威者わ常に『美しい、見栄えが言い』などの事を
死後に至る迄、考える文化的風習がったようです。
 そして家族的な繋がりが、重視され血族の絆は、
何よりも強いが、それを基にした他人との人情的な
繋がりも、かなり強い物があった。

 私個人の客観的な西洋風習感は、親族や他人でも
『権威や富を主とした、指導力』が主体であって、
その点では、経済における財政的貨幣力が強いとの
見方をしている。しかし社会主義意識の強い地域は、
貨幣力よりも、『言動における信頼性』が重視され
お金よりも、理論的な文化であった。だからこそに、
戦国武将が『男子、戦わずして勝つ』言葉を最高の
戦術とした。アメリカにおいては、戦わすして得る
ことは、『積極性が無く、競争心に欠ける』と言う
考えを持つ方が、強いように感じる。

 しかしそうした世界各地の権威者の地位を支える
側近や配下の人材とは、別枠で殆どの場合において、
同等権威を持つ、『歴史的権威者の相談役』が居た。
 それが奇術師を通した神であり、仏法僧であった。
武将においては、特殊な感覚を持ち合わせており、
敵でさえも信頼する不思議な行為が有る。これを、
一般的に理解すると言うよりは、『感動した』との
意見の方が先で、駆引きなどにおける風習、礼儀は、
なかなか理解ができないのが通常だと思う。

 武将や権威者を始めとする歴史から、経済的権威、
社会的権威、企業的権威、各地方の家族的権威など
あらゆる権威の背景に、反論者が付物であります。

 共に自らの意見や言動が正義だと言う事を前提に
争いを始め、戦いに敗れた物を『負義』としてる。

 しかし権威者の裏側では、権威者だけが見ている
世界がある。いや、権威者的な視野を持ち合わせた
人材だけが知る事ができる社会背景があるのだ。

 『権威者は、信頼できる参謀を反論者にせよ!』
においては、今回の文面では、差ほど触れてない。

 実は、この課題、この課題自体が正論であるかは、
個々の生活状況によって異なるので、文頭からでの
正論的な文面は、好ましくない。

 そこで課題に興味を持った人が歴史や現代社会で
活躍している権威者の周辺事情や、体制を把握して
どのような体制で自分達が従事ているのかを理解し、
且つ、学びと時と経験を経て自らが権威者になった
ときには、周囲にどう言った人物が必要なのかを、
見極めてもらいたいと考えています。また権威者に
ならなかったとしても、現状の権威者の周辺事情や
体制事情を把握する事で、最近騒がれている企業の
『反社会的手段での利益追求』を事前に防げるのだ。

 『零の理論(相対的結果追求理論)』においては、
上氏が部下を監視するだけでなくて、部下が上氏を
上氏として監視し、上氏として好ましくない行動を
行った場合は、直属上司取纏め役(上級管理職)に
通達して、上司の行動を改善してもらう方法がある。

 万学『零の理論(相対的結果追求理論)』的には、
正義において負義が発生し、それを調和させる事で
本来理想とされる、目的を得られる事を追求する。

 信頼有る相手が敵であれば、この命が奪われても
惜しくもなく本望である。

 礼儀に通じる武術的な意思の根底を理解するのは、
現実においては、なかなか難しお。また、現実的で
有るからこそに、その危機感も現実であるが故に、
権威者でしか解らない、精神世界があるのだ。

 正義を語らず、天下統一を野望とした純真さが、
物事を現実にし、それによって平和を指揮するのが
権威者の根源だった。

 だれも武将のように、戦う為だけが人生でなくて
社会的権威者には、常に平和意思を自らの心に一つ
小さな種として、それを実らせようと心守って来た。

 妻、家臣、時には、敵にも支えられながらにして
歴史的社会と言う物を支えてきました。権威者達を
支えていた人物の知識は、現代社会にわ重要であり、
それを得る事は、世界的進化論を進行させる為にも
必要であります。

 真意を伝られる相手こそが、敵として相応しい。

 とわ言うものの、σ(^・ω・^) ボク個人的には、
武道の基本として敵との共存は、ありえないので、
『零の理論(相対的結果追求理論)』としては、
「信頼有る相手を、相対相手に選べ」と表現する。

 そして零を追求理解して、時を動かせ、、、!
但し、零の真意を現実的に求めてわならないのだ。

(-。-)y-゚゚゚、、、決まったな、、、

( T◆T)=3 3 ゴッホ、ゴッホ!(煙草を吸いません)

( ̄ω ̄)=3 ハァ〜、苦しかった、、、

o(^▽^)o デヘ!

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☆ 笑いの電動コケ師達 ☆
(万学的、天才、秀才、馬鹿と『万屋のHIRO』)

万学的、権威者は、信頼できる参謀を反論者にせよ!

天才 信頼できる相手だからこそ、本心で語る事が
   でき、生涯を誓う事もできるのだ。

秀才 孤独における物事の判断から同等に話ができる
   人材を側近として配置する事が多い。

馬鹿 独裁的主権者を支える人材こそが、実わ政治を
   意のままにしているのでわないでしょうか?

HIRO 物事には、TVドラマさながらの駆引きがあり、
   それによって世の中が変動しているのが事実。

弟子 そうした事実に鑑賞的になるのが一般人で、
   率先して働きかけるのが、政治屋であるのだ。

元女 政治家と政治屋の違いは、政治により何だかの
   利益追求をする政治的経済活動を意味している。

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