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性(さが)

基礎

 もともと生物学上で、「(甲)匂い、(乙)
視覚的な観点から、発情した女性キの部分を、
露出させたり、(丙)それらに代わる方法で、
異性を誘惑する」が、多くが外見的なことで、
技能なども含まれる。

 例として燕(つばめ)は、初列風切(俗称、
飛び羽:黒く長い部分)が長い雄が、雌から
もてるが、その理由として「長距離を飛ぶと
言う関係から、その優位性を見極める」との
傾向がある。

 つまり、女性の性的な表現だけに留まらず、
男性側でも、色々な意味合いでの表現などが
求愛に有効で、それぞれの生物における環境
などによって変化するが、人間の場合だと、
色々な環境に順応することから、それぞれの
地域や生活習慣などにより、色々と変わるの
かと思われます。

同性愛

 ちなみに人間関係での同性愛は、「只単に、
同性への憧れ、尊敬などが強く、結論的には、
相手のような自分(子孫)を望む本能を刺激
され、それを基に性的な関係を結ぶ事が多い
のかと想われる。

 つまり、人の本能として、好ましい相手と
子孫を残そうとする真情は、当然であって、
その意識の中で性的な快感を求め合うのは、
ある意味で自然である。

 人類史から見ると古代から同性愛に関して
色々な文化が有ったらしい。

 特に男性だと公認されていた文化も有って、
基本的には、やはり強い男と、外見が好みと
言う観点での憧れ、尊敬などの末に、性的な
快感を求め合える仲にと、人間関係を進めて
行く傾向がある。

 でも結論的に、不作の愛(お互いの子孫は、
残せない)のが現状で有るが、最先端の科学
では、「女性の卵子から精子を作る事が可能」
とも言われており、女性だけで繁殖する事が
可能だと話題に成っている。

 なお生物学上でも、雌(めす)型を母体と
する形式で、増殖(分身)する生物が多く、
また自然的に性転換をする生物も居る。

(どっかの同性愛学者よりも、論理的な文面
だと想われる)

人の性

 人の場合、繁殖と言う本能に仕掛けられた
『 快感 』が焦点に有る。

 これは、他の動物における性交と、人間の
性交とでは、生物学上における生存の戦略に
おいて、明らかに異なる事が解かる。

 人の場合には、性的な快感と、それを制御
する感覚で、繁殖を制御する事が可能である。

 実は、人に限らず高度や感性や知性を持った
動物は、繁殖を制御する傾向に有る。

 例えば、「人に代々に飼われている動物は、
多産をしない」など。

 それらを想うと、人の繁殖と性欲、性交の
快感における関係なども、自然に理解される
のかと想われる。

結論

 生物学的な基本は、繁殖であり、固体での
観点だと、本能的な欲求と、それへの感情に
より行動が変化したり、個性的な行動をする
のが、全生物に共通した現象なのかと想われ
ます。

 また、人の場合には、繁殖の観点よりは、
心情における行動を優先する事があるので、
それらを基に、『 霊長類 』と言う分野が
有るのかと想われます。

補足 皇帝ぺんぎん の 繁殖における不思議

 計算上から、雄と雌の1:1で一つの卵が
産まれる場合、その後における成長の過程で
他界すると、固体の減少を意味する。

 つまり、人で言うなら、夫婦で一人っ子の
家庭だと、人口的に一人増えても、老化だけ
考えた将来的では、二人の男女における親が
他界しつつも、一人の子供だけ残るのだから、
人口が縮小する事が解かる。(この現象は、
先進国などで生じており、近代の経済学上で、
少子高齢化と称されている)

 ところが『皇帝ぺんぎん』での生態研究で、
その固体数が古来から極端に変動していると
言う気配が無い。

 南極と言う過酷な地において、一年に一度
雄と雌の夫婦で、一個だけの卵を育てるが、
それでも個体数が然程に減らない傾向に有る。

 つまりは、一年に一回の繁殖で、何だかの
犠牲が生じて子孫を失っても、生物的な種を
維持しているだけの繁殖率を維持する事が、
自然的に可能と成っている。

 あの南極で・・・。 

 なお、私の感覚だと、『 ぺんぎん 』は、
「 海中を飛ぶ、鳥である 」と想っている。

・参照 Wikipedia 皇帝ぺんぎん