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交際相手との性行為で退学勧告された事は、違法と提訴

何を基準に判断するのか

 『情報の操作』では、特定の思考、思い(心境:想い=印象)等へ誘導する時に、情報の全てを伝えず、必要な部分だけを相手に提供する事で、相手の思考に選択肢を生じさせない方法が有る事に注意されたい。

 本邦での基礎的倫理(基礎的論理)は、憲法や法律、各種の条令や規則(校則)と成るが、それを盲目化しつつ、宗教の理念に摩り替えられる事も、生じている。

 つまり、一般人として論理を把握してないが故に、相応にして倫理観の低い人格が形成されるが、稀に倫理観が高く、抑制力も高い人であれば、知識(情報)が無くても、自然的に論理(倫理)的公式を自らで構築する事が可能と成る。

 よって、もともと日本人としての倫理(憲法の理解)に欠如が有り、労働(動く:働くと異なる)力だけで成り立つ生活環境では、自然的に社会主義的環境が構築され、『管理者と作業者』に分けられる程度の文化感と成る事も解る。

 なお、それを誘発させて植民化する国が在るとも判断するに至っており、それが『(甲)文化の発展へと牽引する役割を果たす場合と、(乙)倫理性(文化感)の低下(世間的に低俗者とみられ、「低俗者だから奴隷的に差別されてもあたりまえ」と言う社会的な環境を作る)と、労働者(僕民、牧民)とそれを管理する人』との二元化される戦略が有るのかとも判断している。

今回の事件で基準と成るのが、

 『憲法、法律、条令、校則、人道的な配慮』の順に成るのかと判断できる。

 事件では、「交際相手との性行為で退学勧告された」との部分が記事的に注目されているが、本来だと校則に基づき、それに違反した可能性の有無を明確にする必要が有る。

 未成年者による性交では、「不純異性交遊からの場合なら、条例にも校則にも違反していた可能性が有る」のかと、一般的な常識(倫理:論理)からも解る。

 また恋愛関係にある未成年者の双方における親権、並びに監護権者が、恋人関係にあり、自らの保護下に有る子供が、結婚を前提に、婚約の関係に有る事を認めており、相応にして出産を前提とする性交が生じる事までもを認めている(親によって、婚約の関係を認めても、婚前に性交を認めない事が有る)ならば、その親の保護者としての責任が親にも問われつつ、それを抑制するように教育や指導を十分に家庭内で子供(未成年者)に教育する義務が有るとも判断できる。

 よって、まず事実として、「(甲)婚姻、婚約の関係が有り、(乙)それに伴う性行為を両親も認めており、(丙)性行為によって生じる自身、及び周囲への影響や、それによる責任を負うこと」までを理解していたのかを基礎に判断する必要が有るのかと想われる。

 なお、学校側の正当的防衛として、「(A)退学の処分を決定して、(B)自主退学するよう勧めた」との処置に付いては、『(A)の決定が有り、それに基づいて生徒と学校側の利益を保持する目的で、(B)の対応を行った』と考えられ、新たに「(C)学校側による、退学の強制的処置」が生じていても、正当(防衛)性が認められるのかと想える。

 上記の判断や言葉の表現は、相応にして日々にと、憲法や法律を理解する努力を十数年を経行っている僕の観点であり、そうした経験が無い『未成年者が訴訟を提起した』との状況は、客観的に無謀でもある*1が、逆に提訴側の立場から想えば、本邦で認められた唯一の争い方(正当な手段)でも有って、裁判所としても未成年者と言う立場で軽蔑する事も無く、憲法や法を基に平等性がある事などを理解してもらえる良い機会と成るように、勤める義務が生じていると判断できる。(憲法・前文、及び同法・第九十九条、並びに国家公務員法・第九十九条)

 よって、裁判の結果よりも、裁判所の責任が問われている事も、一般人に理解されたい。

参照
 交際相手と性的行為「退学勧告は違法」と提訴 - 河北新報

 なお、くどいようだが下衆な情報屋は、周囲を下衆化する情報を本能(自然)的に生じさせる事も有って、むしろ悪意が無い場合の方が、一般人の立場から脅威だったりもする。

*1:心境的には、Terrorist の心理と匹敵すると想えるが、それを第三者が悪い意味で誤解されたくなく、Terrorist でも同じ心境に陥ったら、今時代的に正当な方法で争える方法が有る事を理解されたい