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ひろみちゃん事件 - 足利工業大学附属高等学校

みず色の錯誤は、続くよ、どこまでも。

 先輩の・・・いや、この世における構成を理解して無いが故に発生した、『まりちゃん事件』だが、その分だけ''ひろみちゃんへの期待''が自然と強く成るのも、少年の心情(性:さが)である。

 しかし世間は、そんな''少年の薄紫色な心情までもを、打ち砕く''のである。

 入部後において、未だに『''ひろみちゃん''』に会えない事から、月日の経過と共に、期待と股間が膨らむ一方の少年心だが、今にして思えば「現実の世間に対する切なさを、少年ながらに実感する時が、刻一刻と近づいていた」と言うのが、正しい。

当時の僕

 一年生の夏休みに、学校の主催で、無線従者資格を習得する講習と試験が行われ、その合格を経て、晴れて無線部の呼出符号を使い、無線機で交信をする事(On The Air)が可能と成った。それ以後からは、専ら無線部の呼出符号を使い活動をしていたが、個人で無線を所有するには、当時の僕だと高価な物であたのと、同時期に自動二輪にも興味があり、そちらへ投資が注がれてたので、当時に無線機の個人所有が無く、学校だけで無線の運用に留まっていた。

 工業高校なだけに、教員が個人で無線局の開局を行っている者も多く、夕方の下校時間に成ると、帰宅中の教員も、車載無線機に電源を入れて、待機(傍受)する事などが有った。その事情を知らない初期の僕は、同学校の教員(無線部の顧問でわ無い教員)と初めて交信した時に「''まりちゃん''へ対する想い」を告げたら、大爆笑をされた。当日は、その理由が解らないまま交信が終了して、私も下校(帰宅)。

『ひろみちゃん』への期待

 そして一年生の秋頃に、''まりちゃん''を知る事と成った。

 確か土曜日の下校時間に「少しだけ無線を行おう」と部室へ向かい、無線の交信を始めたが、その時に交信を行った相手が、同学校の教員だったので、無線の話題で色々と盛り上がった。

 その時に「''ひろみちゃん''って、すっごく可愛くて、性格が御茶目な顧問が居るらしいけど、担任なのに、未だ会った事がない!」と、ぼやくと・・・。

 「なぁ~にぃ~、無線部には、女の顧問など居ないぞぉ」っと、ちょっと怒ったような声で言われ、次いで「ところで、俺の名前を知ってるか」と聞かれたので、素直に「知りません!」っと答えると、「''俺が、真理って言うんだよ''」っと言われた。

 その教員と無線で交信するのは、その時が初めての事で、それ以前に校内での部活中に、よく会って居た先生でもあって、「無線に詳しい先生なんだ。(「女性の顧問だとの認識が無いから、その補助的存在だな」と思い込んでおり、つまり「もう一人の顧問は、絶対に『(女性の)まりちゃん』だと言う、過信的な状態に陥っていた)」っと言う程度の認識しかなく、名前も知らなかった。

 「ええええ。」

 「何だ、悪いか?、俺が''真理''じゃ?、ん♪、不満なのか?」

 「っい、いいえ・・・。」

 確かに、可愛い(憎らしい)性格の持ち主である・・・。

後書き

 仮想的な物語(Fiction:ふぃくしょん)かと想う人も居るかもしれないが、殆どが事実である。

 心的外傷(Trauma:とらう)の如くに覚えている事実であり、それが現実(思い出)なのです。