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最終報告書 - ga080: memento mori-死を想え- 

僕は、基本的に最終報告書を作成する事が無い。

 でも、今回の課題に付いては、『(あ)近代(新たな文化間)的な課題を抱えていたのと、(い)得点が惜しい事に成っていた』ので、Gaccoで初めて報告書を提出するに至った。

参照
 gacco
 ・ga080: memento mori-死を想え-

 報告文の内容は、以下の通り。

課題 電子的仮想世界と死

 近年では、電子計算機が発達しており、仮想的に現実の世界を作り出す事が可能と成った。

 葬儀と言う観点では、既に『電子的に表示された遺影などに御参りする』との感覚も生じており、Internet(インターネット)を介した御参りまでもが生じている。

 つまりは、「人の死も高度情報処理時代(その背景には、電子計算機の発展が有る)を迎えた現代では、『(一)人の死も電子的に処理する事も行えるように成った事を意味する』のであり、(二)人(故人)の存在における記憶』と言う概念が、情報の処理での用語としてで言う、Memory(メモリー:過去の記憶)にする事が可能と成った時代を迎えている。

 また、死や生きるとの概念に付いても、高度情報処理時代では、若者を中心に新たな感覚として、非現実的な電子的仮想現実によって構成される事が有る。

 それは、『(あ)電子的に創られた仮想の世界で生活をする』との感覚と、(い)人が生存する事によって生じた情報は、電子的にと永遠に等しい感覚で記憶される事により、(う:愛)お墓よりも効率的に、人生に関する情報を保持できるように成り、(え)むしろ見知らぬ他人が、見知らぬ故人の情報を見つけ出す事によって、その情報から、まるで小説の如くな、人生の情報(記録)を得られる事が可能に成る事を意味する』のであり、それによって更なる文化の向上も見込まれている。

 ところが、『(ア)人類における古来からの悪い観点から、(イ)美化された情報だけが残される可能性が有るのも事実で、(ウ)更に不実な記録が残されたりするなどの人生の整形が行われたり、(エ)他者により情報が不実に改変されたり、削除される等』の危険性が生じる事も懸念されるが、それでも、これまでの人類における『(オ)人の生存した記録を確保する』と言う点では、これまでの人類によりも、高度な情報を収集する事が可能に成るのかと想える。

 そして電子的世界で生活をする事に付いては、『究極の選択』が求められるとも言われており、「現実の世界で生活をする事を拒みつつ、電子的な世界だけで生存する」との心境が生じる可能性(自殺の促進に繋がる可能性)も危惧されており、それらの防衛的観点も必要とされる。

 今回の課題で学んだ事を前提に、既に電子的仮想現実での生活、及び葬儀との概念が生じている時代を迎えつつも、その電子的世界で生活をする感覚や、その人が生存した記録、そして『魂(たましい)は、電子的仮想世界でも存在をするのか』を問う研究へと着手をする必要が有るのかと想える。

後書

 既に、「電子的世界で生活を行いたい」と言う人が、先進国を中心に世界中で生じているらしく、現代的な新たな文化感としての課題に成っている。

 また、過剰に電子的世界で生活をする意識が強まった時に、『肉体が邪魔に成る』との観点が生じる事も、心理的観点からも解っている(既に、そう主張する人も居る)状況にあって、肉体を捨てる行為が実行された時に「自殺に該当する」との部分が、既に問題視されている。

 よって、今回に僕が提出を行った報告書は、現代人の立場から、未来に生きる自分を含めた人類の文化感として学ぶべく新たな課題を持っている事を主張する内容と成った。