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世界で最も幸福な国

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 上位の国が、北欧系に成っている事よりも、宗教的な観点で見ると、解る。

 また、これまでの先進国では、Catholic(カソリック)等が、嫌がられる傾向にあったが、その矛先を変える為の工作かとも想える。

 ちなみに、どこで生活を行えば幸福なのかは、民の個々における感覚に成るので、その基準を宗教や思想など、何を基準に評価を行うのかで、評価が異なる。

参照
 ・「世界で最も幸福な国」はノルウェー、国連報告書 - AFP BB NEWS 平成29(2017)年03月21日 09時25分

もとも環境の厳しい地域では、人の絆が強い

 つまり、一人(単独)での生活だと辛い状況に陥るような環境では、他人との共同(妥協)的倫理感が強い。

 逆に、単身でも生活が行える環境では、厳密な人間的関係を維持する傾向に有り、自由な人間的関係を維持する傾向に有るが、それが過剰と成る。

 どちらの人間的関係でも問題視され、『(あ)孤立、(い)暴徒』の現象が生じるので、均等性が求められる。

 また、宗教や思想的な観点からの幸福よりも、『 住んでいる環境の恵みを理解する事が可能か 』との観点が重要で、「どのような地域で生活をする事と成っても、それに適応する能力が有るのか」が問われるのであり、古来から「冒険心と孤独、そして信仰(自然への幸福感)」は、人の心理として存在している。

 更に、共同的生活での幸福感では、他人と何だかの情報(五感、六感を含む:つまり感情なども情報に成る)を交換する事で、自分が未体験であっても、体験者から情報を得る事で、知的な経験を得る事が行えつつ、現実的な体験を自らも求める機会(欲求)や、基の情報から新たな情報へと変える試み(他人の体験を、自分なりに工夫する事で、効率性を追及する等)により、文化、文明が進化するのが、人間の構成に成っているのかとも想える。

結語

 比較的に、暖かい地域よりは、寒い地域の方が、共同性が強いのかと想われつつ、その単位も『家系を基礎とする三親等の程度まで』と思える。

 また暖かい地域で単身性でも生活が行える理由に、「『自然の恵み』によって、衣食住を賄える」との環境が有るからで、逆に灼熱の砂漠のように暑すぎれば、極限の環境と成るので、不向きに成る。

 ところが、人類を世界的な規模で見ると、『(ア)極限の地で生活をする文化も有れば、(イ)環境に恵まれた地域で生活を行っていながら、冒険(体験)などを踏まえ、極限の地へ挑む人々も居る』のが、人類の特徴である。

 更に、「極地で生活を行っているにも関わらず、豊かな自然の環境へと移住を行わない心境(拘り)」は、人の不思議な心理である。

 ちなみに、「母親が自らの子供を虐待する状況において、泣きながらも子供は、母親にすがる」との心理が、人の本能に有り、それが過度に成ると、Masochist(マソ)が誕生するのかとも想えつつ、虐待を経て育てる(何だかを学ばせる)性格を、Sadist(サディスト)的と言われる事も有るが、それらの基礎に、「(甲)愛情や、(乙)性的な欲望、(丙)実験(研究、追及)的な心理』が、『人の心理的基礎構造に有る」とも想われつつ、それを逆手に人の心理を操作する事も可能と成る事が、悪用される事へと懸念される。

 そもそも幸福な国を求めるよりも、『幸福な自分、幸福な家族や仲間、幸福な市町村自治、幸福な都道府県、州の自治、幸福な国』との観点で追及する事が重要で、つまり己と他者の融合と幸福性が、追求の基礎と成る。

 ところが共産、共和の主義だと、逆に「集団により、個々の能力にかける部分を補い、それによって得られる成果が、利益に成る。また、個々の欠如に付いては、個性でも有って、差別を行わない」との観点(理想)が有りながらも、『人間の習性を理解してない』ので、『 絵に書いた餅 』で終わる事が多く、本邦のように、童話の『かぐや姫が月に帰る』でも解る通り、過剰に集団性と平等性を有する環境でも、幸福を得られると限らない。

 本邦は、「国家の基盤(中心)を公務(憲法を基礎とする共産的体制)が有り、その周りを自由で囲む環境」を象徴するかの如く、本邦の日の丸国旗が有るのかとも想える。

 なお、日の丸が左右に少々ずらす事も有るのかと想われ、保守派と、進化(改新)派で表す事も可能と想える。