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自己責任主義

自己的責任

 自衛の概念における基礎で、自分の心身を自らで護る観点。

似非(自立を阻害する)な宗教、思想の罠

 本邦の各宗教、思想などの集団では、「団体内の人間関係における依存性を高める為に、民の自立を阻害する傾向に有る」事が判っている。

 また、『絆(きずな)』と言う概念も有るが、「無能な者達が集まっても、有能な一人に劣る」事も解っており、本邦の似非宗教、思想の集団における基礎は、「一部の有能者に、隷従的に従う国民性を促進(工作)されている(憲法の前文、第二段落の違憲)」とも想われる

本邦の歴史的な背景と、世代的な大衆的性格

 特に世代的問題として、七十代から四十代に多く見られる大衆性で、以後の世代から情報化に伴う天然的な情報収集型の民が育っている傾向に有る。

 その時代的背景に『(甲)高度成長期や、(乙)後の不景気からの経験で、(丙)「他人よりも自らが優位に成らないと家庭的にも経済性が悪化する(愛する者達を護れない)」との心境に陥らされた世代』が問題視され、それらの世間的な環境から生じた性格により、現在でも自殺率が高い(年齢的な問題でわなく、時代的背景にて養われた性格的問題による)世代にも該当すると判断するに至っている。

 よって、戦争でも無いが、利益の争奪に付いて、厳しい時代を経た年代の人達は、他人(同胞の外)と共益的に考える思考に弱い事も解る。

近年における再洗脳

 本節における再洗脳とは、一度、『人格の破壊』を行って、新たに思想を植え付ける方法を意味しており、「同じ内容(世間一般的な常識)でも、○○が教えている事だから、それ(今迄の観点)と違い、教祖による教えによって救われる」との展開が、どの宗教、思想でも例が無く見られる。

 その再洗脳における方法は、指定暴力団など犯罪的組織や、狭い範囲だと、恋人、友人、親子、兄弟などでも生じていると想われる。

 近年の本邦における民の自衛的感覚は、再洗脳で展開する『自助、共助、公助』型が主流に成っている。

自助、共助、公助

 まず自分の安全を確保する(自助:自衛性)。

 その意識で集まった近隣の住民による自治性により、自治単位(共助)での加勢が期待される。

 そうした自治の統合が国家に成るならば、経済性に強い国家と成るのが理想である。

 ところが実質的に西洋の思想や、東洋の思想などを隠れ蓑に活動する違憲的集団や、時代(世代)的背景が、発展の足枷(あしかせ)に成っているとも判断するに至っている。

自衛の概念

 英語で、Veteran(ベテラン)とは、『(あ)戦場から生きて帰った人、(い)また戦場での軍人業を続けている人(古参)』を意味する。

 更に英語で、Professional(専門的能力に長けている人)を意味する。

 逆に本邦では、『(ア)戦場から生きて帰る事は、恥ずかしい事、(イ)能力に長けていても、支持者が居なければ(人間性に欠けている)、無能と同じ』との観点が有る文化なので、武士の切腹を含めた、感性に大きな違いが有る。

 現在では、(壱)『存在する事の利益(美的価値を含む)』が見直され、自殺対策基本法が設置され、(弐)心身が丈夫でも、他を殺傷、破壊する精神(精神病質者)を健全と評価できないのだから、心身の健康的推進が求められつつ健康増進法も設定され、(参)後に求められるのが、本邦の民における憲法(自衛の概念が記載されている)を基礎とする国民性と、それを護る事により、自然的に自衛するにも値する。

 これまでは、憲法を国家が国民に押し付ける義務的教育の状態にあったが、国家側も過剰にと押し付けず、「義務教育程度の能力が無い場合には、自衛性にも欠けて、愛する者(物)を護る以前に、自らをも護れない。愚かな民と成るが、それでも長年に生存を続けた(生き方を極めた)ならば、自然的にと何だかを学び、結果的に本邦における憲法に該当するような生活と成る事が期待されつつ、憲法が必ずしも全ての民に有益とも限らないのだから、それにおける違憲な少数的存在が、暴力的抵抗者に成らない社会的環境を維持する事こそが、経世済民性に繋がる」と判断できる。

結語

 日本国古来から文化だと、武士の自決(自殺)は、死への美化であり、それを経て『決死特別攻撃が発生するに至っている』が、その背景に、西洋の思想による煽りが有った疑いも有る。

 また現在では、(アルカイダ)等でも用いられている、自爆による攻撃を可能のする心理的操作が有り、世間一般でも民間人による大衆の面前で発生させる焼身の自殺にも見られる。

 更に、軍事の分野などを含めて無差別殺人が生じる加害者の心境や、実行の可能性が問題視される。