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GAME の実況者に影響される視聴者の存在

被害は、GAME の参加者に限らない

 特定者の観察を行っているが、その結果から、以下の事が解った。

近年では、男女を問わず、Youtube等を介する形式で、GAMEの実況を行っている

 また、それにより若干の収入が生じる事も有る(視聴者から、『投げ銭』のような感覚で、収入を得られる*1)。

演出者は、人気を得る事が収入に繋がるので、相応の努力を行う。

 それによって、視聴者が増える傾向に有るが、その管理が適切に行えないと、視聴者に悪影響を及ぼすと判断するに至っている。

>事例
 深夜から始まった、GAMEの放送が、明け方まで継続され、それを見ていた視聴者が、PCの前で寝入る現象が生じる。(俗に、『寝落ち』と呼ばれる*2

>類似
 嘗ての『竹の子族』、昔から現在に至る『暴走族』、一昔前の『走り屋、峠(とうげ)族』(道路の曲がり具合を、自動車競技場の路面に例えて、走行する者)等も、傍観者の存在が、問題視されている。

 それらは、『(甲)演出者と、(乙)それを傍観する者』達との『(丙)連帯により、更に双方の気分が高揚する』との傾向に有る。

 実は、走り屋の問題に付いては、僕が10代に取り組んでいた問題でも有り、『(あ)周囲の若い人達に、資格(Motor Sports License、Circuit License)を所有させ、(い)専用の競技場へと誘導する』との試みも行った事が有る。

 当時は、僕自身も、相応の資格を持っていた。

 ところが、資金面の問題が生じており、本格的な競技に出場する為に、10代、20代の少年達が、数百万の経費を維持する事が行えない事から、峠などで、走り方を競う『峠族』が登場するに至っている。

 Gymkhana(ジムカーナ:比較的に狭い規定の路上で、運転の技能を競う)と言う競技も有ったが、僕の世代における若者達への人気は、薄かったように感じられる。

 また、心理学でも『傍観者効果』が定義されており、僕の観点だと、「同胞的な観点も含まれる」と判断するに至っている。

 結果的に、『人による集団的な習性』と解せるが、僕的に好まない性格でもある。

 なお、『宗教や思想、政治、社会的組織(会社、企業、何だかの団体や組織)』等では、本邦の文化だと聖徳太子の十七条 憲法における第一条の『和の精神』を建前にする事が多く、1万円札の肖像画にも(聖徳太子が)用いられていた程であるが、他の宗教や思想、組織(例外なく、犯罪者の組織であっても)、何だかの理念(仮に、『理念が無い事に拘っている場合』でも、もはや、それが理念と成り代わっている事に注意:無政府主義者などが該当する)が有り、それを基礎に同胞化する傾向に有る。

演出者と傍観者の関係

 前出の通りに、色々な関係が有る。

 特に、一般的な演劇では、『(ア)演出を行う者と、(イ)傍観する者』との関係が有り、『無料、有料の関係』も存在するのであり、「常に傍観者が鑑賞料を払う関係が存在する」と限らず、演出者が傍観者に代金を払って、鑑賞を行ってもらう事も有る。

Internet 上では、どのような現象が生じているのか。

 問題視されるのは、「一、販売時に、『年齢に制限の有る GAME 』を放送する場合、それを傍観する者の年齢が制限され難い」、「ニ、演出者に引き込まれて、自分の生活に悪影響を及ぼす(または、自分の生活を演出者を中心に変更する事で、被害を軽減する試みもある:よく芸能人を贔屓にする場合、その催しへの参加を中心に、自らの生活を調整する現象は、一般の多くの人に見られる)」、「三、GAME に参加を行ってないが、観戦者に成れるが、相応の影響を受ける」等が生じている。

 また近年の行動経済学では、「人は、必ず己が利益を得る為に行動する訳では、無い」事も解っており、『時に、自分が損をする事が明確であっても、それに着手する」との心理が問題視され、一般時でも広く認識されている『射幸心』などを基に、『依存症』と成って生じる事が解っている。

 『食べ物や、薬物などの摂取による依存』と異なり、情報(人の五感や、第六感を刺激する情報を含む:この場合における第六感とは、想像などが該当する)を得る事によって生じる。

 人類において、古来から課題と成っている、大衆を統括する事に付いて、『洗脳、意識の操作( Mind control:マインドコントロール)』も使われている事は、よく知られている。

*1:『投げ銭』による利益は、それを行う者による代金で決まるので、不安定であり、大道芸の如く、人気が有れば、収入が増える事も有る。また、初めから有料の関係で、視聴させる場所(仕組み)も有る。
*2:この値落ち現象は、Network界では、昔から言われており、集団的交流の有る場において、よく生じている:感覚的には、大衆の居酒屋で、寝入ってしまうのと同じ感覚と想える