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貨幣の流通と資本、それと資本的主義

貨幣は、流通物の一つ

 人類的文化史では、『貨幣は、流通物の一つ』と解される。

 『本邦では、義務的教育でも習う事』と想われるが、『広い地域で、安定的な、価値物』とされる。

 つまり、「もともと、物々の交換が不自由なので、市場や問屋、商店街の設置により、物流を発展させる事で、経済(経世済民)性の向上を図る」と言う、戦略的な概念によって形成され、その中で『貨幣の発展』も展開され、そこでは、当然に『産物の開発的な競争も展開(商品の開発)』も行われる。

 よって、「市場の発展は、貨幣による流通を含め、経世済民的に重要視されていた」との事が解る。

自らが思う価値と、相手が思う価値

 市場などの取引において、『(あ)相手が思う価値、(い)自分が思う価値』が重要視される。

>例 その一
 例えば、『(ア)蜜柑(みかん)、五個を持っている人』が、『(イ)苺(いちご)、三個を有する人』に、「蜜柑の二つと、苺の二つで、取引を行いたい」との場合、『(甲)価値観が違うならば交換を断る、(乙)同じ価値観ならば交換する、(丙)価値観が違うけど、蜜柑を欲するので、交渉する』との基本的な、取引が展開される。

 そこで、流通の戦略だと「取引の時に、物々的交換の片方を、共通の価値物に統一する事」で、流通の活性化(主に、取引に必要とされる時間の短縮)を図る事が、展開された。

共通の価値物が資本、それが市場や取引に求められた理由

 『共通の価値物』とされる貨幣は、一般的に『通貨』と称され、物々的交換の『規準的価値物』と解されるが故に、『(A)国際的な通貨の価値、(B)及び為替』等が注目されている。

 前出の『例 その一』における(ア)、(イ)の取引では、「他の売り手、買い手を探す」と言う選択肢も有る。

 ところが、その間に『商品が劣化する』と言う、『時限的な価値の喪失;商品の劣化』も、産物(商品)に生じる事が有る*1

 そこで、「売り手は、商品が劣化する前に、取引を成立する事で、利益の保持を試みる」のが一般的と成るが、逆に『熟成される』など、「時の経過によって、商品の価値が上がる」との物(人)も有る事に、注意。

 本節における『逆の発想(時間の経過と共に、価値が上がる)』では、「負の観点でも、-1は、質量的に1に代わりない」との発想が有って、あらゆる分野で『悪用、善用』される事に留意。

 株式で知られる『逆ざや』や、犯罪の行為で言う、『悪行による利益』でも、解る通り。

 なお、『悪行による利益』では、「洗脳や、行動的心理操作、反射的行動心理の操作によって、組織の形勢者や運営者が、癌細胞の如く増幅させる事も有る」との点に注意が必要で、あらゆる宗教、思想(政治を服務)などの団体が、脅威の対象と成っている。

>例 そのニ
 例えば、『(ア)蜜柑(みかん)、五個を持っている人』が、『(ウ)百円玉三枚を持っている人』に、「蜜柑の二つと、百円玉二枚との交換を求めた」との場合、『(甲)価値観が違うならば交換を断る、(乙)同じ価値観ならば交換する、(丙)価値観が違うけど、蜜柑を欲するので、交渉する』との基本的な、取引が展開され、また(ウ)は、(ア)に「その蜜柑は、熟成に至っておらず、少々に青い、だから百円玉一枚と、50円分でならば、交換する」と答えたの場合、(丙)が展開される。

 つまり、「実は、『(甲)、(乙)、(丙)』の観点には、代わりない」との事が解る。

(ア)が改めて、『蜜柑と苺を交換する人を探す、共通の通貨で取引をする』とでの違い

 一般的には、『出会い』と呼ばれ、「取引をする人同士が、出会う機会を意味する」が、『新たな出会いを探す』と言う事の苦労は、恋愛などでも解る通りである(よって、割愛)。

 
>例 その三
 前出の(ア)は、「米を買いたい」と想っているが、『(ア')蜜柑三つと、150円、(ア'')蜜柑三つと、苺二つ』では、どちらならば早く取引の相手と出会えるのか(及び、『出会う確率*2が高く成る』のか)が問われる。

 (ア')は、『蜜柑三つ、150円』の内で、米と交換する相手を見付ける必要が生じる。

 (ア'')は、『蜜柑三つ、苺二つ』の内で、米と交換する相手を見付ける必要が生じ、また『米を交換する人が欲する物』と、『蜜柑三つ、苺二つ』の内で、交換が可能な人を探す事と成る。

 「物々の交換では、『取引者の想う価値観で、取引される』が、『共通の価値物』で取引される場合では、交換後に改めて『共通の価値物』を、別の物と交換する事が可能と成り、『交換物の時限的な劣化』も避けられ、本邦だと『貨幣流通論』等で『れもん』等に例えられ教わる事が有り、義務的教育でも、『貝殻などが、貨幣に使われた事』等を学ぶ。

資本を基にする主義

 人命を含む、全ての価値を資本に換算、その価値が高い者が優位と成る主義。

 論理には、「資本が有れば良い」と判断される。

 資本的主義を避難する『共産、共和主義』の実態は、意外にも資本的主義だったりする。

 Freemasonry 的な表現を使うならば、「生物界における、Lion(ライオン)等の猛禽類や雑食性動物、及び食物的連鎖の関係における頂点の位置に有る生物が存在する意味」が問われる。

(以下の結論に至る迄の過程は、各々の観点に委ねる)

 結論的には、「自らで産物を作れない者(物)は、他物(他者)を捕食する傾向に有る」と言う、『この世における、原理的な仕組み』を理解する必要が有り、犯罪における『基本的な観点』とされる、「他人(他物)から、『何だかの利益*3』を奪う事」の正当性が問われ、「あらゆる宗教でも指摘されている部分」でもあるが、「お金が有れば、『幸せに成れる(物欲が満たされる)』のは、厳密な経世済民学だと、誤解に該当する」が、現実的に「他人の資本を奪っても、幸せに成れる」と立証する宗教や思想の団体が多く、「倫理性の低さ」が問題視される。

 つまり、「現代の犯罪では、『(1)物を作り、商品化を図り、(2)資本に換えて、(3)他の物と交換する』との部分において、『(4)資本や、他者から利益を奪い、(3)等を満たす」のは、(1)の存在を省いている事に成り、「現代的な社会で、人間性に欠ける」と指摘される観点にも値する(不条理、不法など)は、『大自然的な観点だと、普通に生じている(略奪、搾取の)事情』であり、『当然に人間界でも生じている』が、それを規制する事によって、経世済民性を高めているのが現状。

 よって、「近代だと『資本(が多く有れば優位)主義者』は、主に犯罪者が該当するのであって、世間一般的に好まれてない」が、「工作的に資本と経済を、同一視させ、他人に誤解を生じさせつつ、『知性が低いから陥る現象*4』によって、粛正されている」との事に気が付かないのも愚かと想えつつも、『高度な生存優位性における差別』が戦略的に展開されているとも判断できる。

 なお、「僕の説では、犯罪者や犯罪の組織に、 Public Freemasonry に限らず、色々な集団(国、文化、小集団)などでも不条理が生じており、その形式に付いては、人に限らない生物間でも生じている」との事が解るのかと想われ、「人が、他動物の肉を食べる等の観点(正当化)を、古典的宗教等で嫌がるのは、古来の人による経世済民性の追求、研究による成果だ」とも解る。

注意

 犯罪者の多くは、『(壱)理解力に欠ける、(弍)精神的に学習を嫌う性格、(参)先天性を含む、知的障害者』など、大枠で三種に分類される「理解力が無く、本能的、及び人生上での学習によって、犯罪に着手する」との部分が有り、資本的主義と成るのは、「生産性の面白さを、理解する事が行えないから」とも想える。

 

*1:情報化社会と言われる近年では、『情報も劣化する』と解されている事に留意。
*2:数学の公式的な観点での事であって、「情報の分析と、利用の概念」に基づくが、必ず出会えるとも限らず、予測的な程度に過ぎない。
*3:生命を含む
*4:知性が低い事は、悪い事:知性が高い者(物)は、優位と成る主義