記事一覧

もし自分が『戦死者』だったら?

Yahoo!Blogs からの移行

投稿日 平成19(皇紀 2667;2007)年08月16日(木) 02時40分

ファイル 4284-1.gif

参拝されて、どう思うだろう?

1.皇室の人達から、参拝を受けたら・・・。

 正直、現代と言う状況を理解できたならば、
心底から怒り等がこみ上げるかもしれないが、
もし、自分の親戚を含めた子孫が育っている
ならば、その幸福を願うかもしれない。

2.A級戦犯者の親族に参拝をされたら?
>合祀について
 戦争の極論は、戦場の兵士にとって生残り
と言うのが勝利であり、『戦死を英雄視する
思想ほど女々しい事は、無かった』と思う。

 『天皇万歳』を発し、絞首刑台にぶら下る
者も言えば、「お母さん・・・」と叫んで、
海の藻屑(もくず)となった者も居た。

 将来の日本を考えた結果論を言うなられば、
「悪と言われても、その価値がある」と言う
判断をしていた場合には、どちらか勝者か?

 A戦犯は、『永久戦犯』であり、裁かれる
対照の人物を通して、深く、その恨みを刻む。

 ・・・他の手段があったなら。

 かつて、日本国民の数名が他国で活動中に
Terroristに拉致された時に、Terrorist達が
捕虜に伝えた言葉である。

 捕虜が解放された理由は、Terrorist達が、
別の選択を新たに見つけたことを意味すると
解釈をしても良いのかもしれない。

身内に参拝されたら?

1.母親に参拝されたら?

 私も、この時代に産まれたかった。

 母、私を戦場で、、、その為に産んだ。

 天皇万歳の為に自らの子の惨劇を求めて、
それが結果であって、論理で後を解除すると
いう試みでは、浮ばれない。

 解除する行為によって、人が同じ過ち等を
繰り返すことは、既に解っていることである。

 人にとて必要なのは、理解しつつも過去を
正当化しないことである。

2.戦争を知らないあかの他人に参拝されたら?

 きっと羨ましく思うが、その喜びを共感し
共に喜べたら、私の魂も愛かばれる。

 御国の為に、家族の為にと戦った末には、
こうして肉体から離れてみると、人としての
自分に対して何をしてやれたのかと、悔やむ。

 自分には、自分の為に何かをしてやること
忘れていなかったか?と永遠に悩むだろう。

 その身体は、両親から貰い受けた物だが、
後にあんな辛い思いをすると解っていたら。

 他人の悪事を平然と罵(ののし)る割りに、
自分達の悪事を隠蔽し、生きていけるような
ずうずうしさが無ければ、今日までの日本も
繁栄しなかったかもしれない。

 私の親族は、この「あかの他人」の様に、
参拝をしても、何を望むのだろうか?

 戦争は、私が行っても、それを免れない。
その環境を維持したのは、誰だったのか?

 行動をし、罪を問われるなら動かないと
言う方が良いとの判断が、正しいのかとも
想える。

 それならNeetの存在だって安易に理解が
できるでわないか!

 家を飛び出し、Net難民と呼ばれてまでも
その生活を維持しなければならない理由は?

 そう私がかつて、戦場で戦死しなければ
ならない理由と、大差があるのだろうか?

 願わくば、現代での人々の幸せを共感し、
過去の苦痛から癒されたい。

国会議員の参拝は?

1.総理大臣

 真意が透けて見えてまでも、恥を曝すと
言うならば、それを留める理由がない。

2.その他の閣僚、代議士の参拝
 平和を望めば平和になると思ってるのか?
望むだけなら、戦争になる前から、戦争にと
ならずに済めばと、多くの国民が心密かにと
どれほど望んだかまで、理解できないだろう。

 戦争を知らない世代の子供が参拝に来ると
言う理由は、私欲な望みばかりで、私と言う
存在の意味合を理解できないだろう。

 神仏がいるならば、それに願い頼むだけの
非力な人間を愛するほど、神も仏も暇でない。

 平和にして下さい・・・でわなく、『私の
能力で、平和にします!』と、申出るほどの
立場で参拝をすると言うのが代議士としての
立場的な参拝であろうに?

 その真意、参拝に来ても透けてみるだけに、
団体の所属しようが、連れられてこようが、
透かされている恥を知らぬのは、参拝者当人
だけなり。
私が望むこと
 あの苦痛を忘れたくても、その苦痛があり、
ここに祭られるに至っている。

 その苦痛までもを癒(いや)せるならば、
参拝するが良い。

 私の苦痛を共感できる程度のことならば、
人間、誰しもできる。
 私に平和を望むな!

 そして私に誓え!

『平和は、私が造りて、それを維持し共に、
 その喜びを、祝えることを・・・』

 私は、悲しみの涙より、多くの人の幸福な
笑顔と、喜びを求めている。

 同士の戦死者よりも、この地上の苦しみに
死した者達を忍びつつ、その魂と共に喜びを
共感できる日を・・・。

 その想い理解できなければ、悪魔と呼ばれ
人から憎まれてでも、あの『地獄』を再び、
この世の現実へと導く者が現れるだろう・・・。

 死人の魂に、取り付かれた事も知らずに。