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なぜ自営業(起業)を行おうと考えないのか?

Yahoo!Blogs からの移行。

投稿日 2009/10/30(金) 午後 8:33

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社会依存

 社会主義の欠点は、依存関係が過剰になると
言う点と、超排他的な人間関係にて成り立つと
いう部分がある。

 依存関係が強いので雇用をされる事ばかりに
頼ってしまう半面で「雇い相手が見つからない
のだから、仕方が無い」っと言う、最初から、
邪道的な感覚で居る場合もあるのかと想われる。

 自己の精神と欲望(理想)に伴う現実とでの
不一致によって、憂鬱な日々を体験する事にと
至る場合も有るのかと想われる。

 ちなみに、人類規模における過去の歴史的な
観点から探れば、そうした人員が集まり暴動を
勃発させたり、反政府的な活動にと加担をする
傾向にあって、それに宗教的な意識など混ぜて、
正当化させる場合もある。

 しかし結果的には、只単に社会主義に対抗を
する暴力的な対抗手段であって客観的に見ると
只単に他人の生命を脅かしてる団体であって、
「人命に対して捕食的な存在」であるに過ぎず、
共食い的な状態にあるのかと判断できます。

 つまり、「Zombie(ぞんび)が人を襲うかの
ごとくであり、その被害者もZombie的な意識に
よって感情を支配されてしまう状態」にあると
言う、『 悪魔の連鎖 』が生じてしまうのだ。

 真意の宗教では、宗派などに限らず基本的に、
『 悪魔の連鎖による呪縛を解く説教をする 』
と言うことを心がけ、その教えを施した者に、
入信や、同じ信仰心を抱いて欲しいが故にと、
説教を行ったのでは、無いことを主張するのが
普通である。

 そもそも各宗教の教えの真髄は、支配でなく
『 己の追及(自立) 』であるが、人間との
存在を考えるならば、人であって人間でなしと
言う場合も有り、人間であっても人でなしとの
観点もある。

 よって宗教に限られた事でもないのですが、
気の持ちようを言葉で幾らでも左右されると
言う人も居れば、左右されない人もいたり、
また、心が左右されないが、行動が不自由で
あると言う場合もある。

 健康でありながら行動が不自由であるとの
場合には、寿命を縮める原因に有るのかとも
想われ、人の場合だと環境適用により、その
事態を回避するのですが、環境適応能力にと
対応できなくなると、やはり憂鬱な日々にと
成ってしまう。

結語

 そこで唯一の観点が、『 自衛力になる 』
と想われます。

 人体医学で言うところの免疫力でもあって、
自己防衛を行う事によって、災害や防犯、健康、
健全性の維持などが行えます。

補足>卵子と精子

 卵子は、一匹の精子と結合すると皮膜を張って
他の精子を受け付けません。

 人の性格でも似たような人達がおり、宗教にて
開眼した者は、不思議と改心をする事が難しいと
されており、組織的にも不当、不法行為などを、
用いて脱会をさせない傾向にあります。

 最悪なのが親子関係によって生じる宗教信仰で
あって、日本国内の殆どの宗教が違憲的な活動を
行っているのかと想われ、子供達に宗教における
他の思想を敵視するような教育を施していたりも
するようである。

 しかし・・・?

 例えば、男性が女性に求婚をして受入れられた
後に他男性との間で子供ができてしまい、それを
知らずに自分の子供として育てていたら?

 女性側の観点で、夫他の女性と子供を造ったと
言う場合に、心情の怒りは、ともかく戦略思想に
おける観点では、何が問題視をされるのか?

 共に結婚によって想定をされる、『夫婦による
家庭生活の利益における共有』などがあります。

 それを侵害される恐れがあると言う点と、本能
と言う部分での抵抗感、敵対感(怒り、憎しみ等)
などによって、反射的に交戦体制に至る場合等も
あるようです。

 現在では、男女間と言う観点から、同性と言う
観点での課題までもが、広く認められていますが、
歴史を紐解けば、別に今に始まったような問題と
言うわけでもなく、利己主義による結合によって
只単に、利益分配がされず、それによって更にと
不景気に至っているのが現状であって、そこから
脱出する為に、「自らの力で開拓をしよう!」と
言う観点に欠けてる自立心の無い人達によって、
経済不況(長期経済低な低迷)が成り立っている
っと、私は、判断をしています。