記事一覧

No.34 道路における建設について

2003-12-24
*======================*
   万<よろずがく>学  Ⅱ  No.34
   インターネット・オンブズマン(☆ω☆)
*======================*
作成 2003-12-24
問題 道路における建設について

 建設における原点を降りかえり、今回の課題である
道路の建設についてですが、これにおける建設規制を
私は、望んでいるわけでわありません。むしろ、その
活性化を望み、国民、公的機関、企業などを主とした
道路建設に関係をもつ全ての人から、好印象を得れる
起案を模索してみました。

 戦後における国内道路舗装建設は、とても勢い良く
進んできました。しかし昭和の後半から、それら等の
建設目的が、国民の意識と若干に異なってきた様です。

 道路建設は、もともと商業や産業などの運輸を潤滑
良くする為に発展してきました。しかし近年の建設は、
その道路に関する建設計画には、過剰なる建設技術や
外見を持ち合わせており、それらを除いて建設すれば、
その分の経費が、国民の必要としてる道路建設費へと
加算される事になるのです。

 建築物と言う物は、確かに文化的な象徴でもある。
しかし、そうした象徴を作ると言う意思においては、
税金を使用している以上、国民や各地方の市町村民が
求める物でなくてわなりません。

 レインボーブリッチ、高層ビル展望台、海ホタル、
各種の建設物がありますが、これらの建設的な原点は、
何に値するのかが問われてくる。

 私自身が客観的思う限り『過剰なる経済的象徴は、
文化的象徴よりも劣る』と感じています。

 つまり建設的な美を純粋に求めた物では、なくて、
”経済的な美の延長にある建造物”では、その価値も
経済的に評価され、建築における美に値しないのだ。

 但し建設の技術は、本来とても素晴らしい物であり、
それらが評価されても良いはずなのです。ところが、
国民や市町村民が、それらを評価しない原因としては、
経済主義である現在において、経済的な効果が主体と
なっている建造物に対し、その主たる目的等が達成を
されていない状況下では、好印象を得れないのです。

 国民や市町村民が望んでいるのは、”生活における
便宜”であって、これら必要とされる道路については、
”どのような建設が必要なのか?”と言う要望などを
企業や都市開発における芸術家に一括して頼むよりも、
市町村民や国民個々の意見を調査して、それに伴った
建設を行うのが好ましい。

 よって道路を建設する予算を各国道、県道、市町村
道路としての枠を一般に公開し、その後でどの場所に
道路の建設をして欲しいのかを投票等によって決めて、
後に、どのようなものが求められるのかを地域住民と
懇談のをして決めるのが好ましい。

 経費の確保と言う点でわ”その必要性”が問われ、
色々な各種ある経費の中から捻出される物でわある。
しかしその場合においては、権力者の個人的思惑での
判断によって建設される場合が多く、結果論としては、
利用者を待ち望んだ人にとっては、主要なる建築物と
ならない場合も多い。

 そうなると本来発展を望む地方は、その効果力から
敬遠されがちになってしまい、予算なども十分確保が
行えない事から、住みやすい都市へと移転を希望する
若者の意思に拍車をかけて、国内の発展途上が進む。

 日本人の悪い観点の一つとして”農村が田舎であり、
且つ発展途上的な土地である”と言った観点がある。
それらわ大きな間違えであって、農地としての発展が
あるわけであり、酪農等を含めた第一産業地としての
発展を遂げなければならい。

 そうした観点からも今後の地方発展が欠かせない。
又、それに必要となるのが道路建設であって、地方の
道路建設が重要な鍵となってきます。

 大企業としては、小さな細々とした建設受注すると
言うより、1箇所の大きな仕事を受注した方が旨味が
あって更に、便宜上も楽でわある。

 しかし建設における主眼点は、”業者の為でわない”
と言うことと、”利用者が求める建築物の作成などが
できない”と言う結果がある意味で『利用予定者への
債務不履行』だとも言える。それは、税金を元にして
建設された行為は、税金を払った物からしてみれば、
税金を払う目的と、それによって建設された目的とが
異なるのでわ「道路建設に伴う利用の履行が行われて
いないに等しい」と判断せざろ得ない。

 ちなみにこうした結果は、建設業者に責任があると
言うわけでわなくて、それを企画し、認証した公的な
期間側にあると個人的には、判断しています。

 私の個人的な考えでわ道路建設と言うだけではなく、
”交通規制に関する便宜”も、十分に予測しておき、
予備的建設枠(修正追加、保守建設)を十分に確保を
しておく必要があります。

 国道における建設には、国家機関による管轄となり、
その規模も大きくなりますが、それを行うに至っては、
都道府県をまたがる事にもなり、国民から承諾を得る
ことも容易でわありません。

 都道府県道に至っても各市町村との連携が求められ、
これにおける合意も国道建設ほどでわありませんが、
建設近隣住民との合意に至る迄には、長い道程がある。

 比較的に簡単に建設できるのが市町村道であって、
意外にも、最も必要とされている道路でもあります。

 住民が生活に必要とされる道路があると言う条件で
市町村が繁栄し、それを基に生活に関する商店街等が
発展を遂げて行く、”住民主体型の地域”においては、
『住民の使い勝手』が重視される道路建設が求められ、
工業専用の地域においては、輸送潤滑的な道路が求め
られることになります。

 こうした様子からも、各地域での道路建設において
”優先されるべく道路建設”が異なると同時に、その
利用法方も様々となります。

 昭和の高度成長期には、輸送手段として鉄道が多く
使用をされていましたが、それに係る経費と輸送後の
手間を考慮すると、どうしても自動車の輸送方法等が
効率的に良いと判断されてしまいます。それに伴って、
大型車両の使用頻度も高まり、それにおける公害等の
好ましくない産物も産業行程に含まれる事になった。

 人は、利益追求ばかり主体となっており、新たなる
産物に対知る不可物を、国家を挙げて害物であっても
それをある程度の範囲として許可をしている。

 本来人間の産物は、いかなる状況にあったとしても
副産物として、害物の生産をを許可してわならない。

 建設物としての利用価値は、利用者が決めることで
建設者が予めに把握できるほど安易に算出ができない。
そもそも現場での建設者にしてみれば、土木作業員も
解るほどに『こんなの造って…』と言う現場での声を
知らなさ過ぎる設計者達。

 人間の子供と同様。育てる器量が人として無いのに
”産めや増やせ”と言う他の社会人に、人生の流れを
感じているほど悠長なことだと、物事全てが流されて
人生を後に後悔する事になるのでわなかろうか?

 人生は、一度っきり!

 もし生まれ変わったら?
なんて、生まれ変わってから考えてみれば?

*----------------------*
☆ 笑いの電動コケ師達 ☆(天使と悪魔の囁き)

万学Ⅱ的、道路における建設について

悪魔 もめも揉めて、やっと建設された道路により
   大事故が頻繁するなんていうのは、理想だ。

天使 論議に熱くなり、論点が魚眼的になりすぎる。
   そして細かい問題が見えなくなり、それらの
   細かい傷がヒビとなり、裂け目となって行く。

HIRO 建設における分野では、産業の一端でもあり、
   産業と言うには、あまりにも創造的である。

◇多くの人を笑わせることを追求◇
コケ師達(応募者)による内容を募集!
皆さんの『題名、天使と悪魔の囁き』を大募集♪
*----------------------*

運用

作成・編集 万屋

Web Site(趣味的)
 ・My Blogs
Podcast の運用

MailMagazine の登録、削除、BackNumber

BackNumber
登録、削除

= 無許可で、複写・転載・引用を行う事は、止めて下さい。 =