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No.35  『交通規制手段の見直し』

2004-02-20
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   万<よろずがく>学  Ⅱ  No.35
   インターネット・オンブズマン(☆ω☆)
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作成 2004-01-03
問題 『交通規制手段の見直し』
配布 2004-01-03

 新年 明けまして おめでとうございます

 本年も、各種議員の皆様にとって十分に満足の行く
年になるよう、願っております。

 交通自己による死亡が、だいぶ縮小したそうです。
又、関東地区における大型車両等の排気問題分野でも
大変な活躍をされ、更に求められている道路などでの
交通事情(渋滞の改善、交通事故の減少、道路などの
便宜性)など、各種の細かい分野の取組みへと進める
状態になったと、一人の国民として客観的に感じます。

 今回の課題は、『交通規制手段の見直し』です。

 交通機関の規制には、大きく分けると”道路標識と
信号機(交通遮断機:踏み切りを含む)などによって
規制がされますが、”渋滞や事故”などが常時発生を
してしまう現場においての特徴として『規制改善等を
行っていない』と言うのが、特徴となっています。

 夕方のTV番組などでも社会問題としての話題として
良く取上げられている”危ない交差点、歩道”などや
”開かずの踏み切り、効力を持たない道路標識、違法
駐車、渋滞”などが、取上げられています。

 その中でも”危ない交差点や歩道”と”渋滞”は、
ある程度の工夫によって、改善等が可能のようです。

1.危ない交差点(A)や歩道(B)
A.交差点
 交通事故が多発する交差点の特徴として第一事故が
発生した後でも、その原因が運転者による過失として
取上げられることがあっても、”交差点の建設的での
環境によって事故が発生した”とわ判断することが、
法的に殆どないことが原因で、”交差点の環境改善を
行わない”ことが、第二、第三の事故を引き起こして
いるのが現状です。

B.危ない歩道
 歩道として十分に場所の確保がされていない状況で
歩行者が利用をしている環境で事故が引き起こされ、
更に、自動車などが歩道として確保されるべき場所に
安易に侵入ができることにより、歩行者などの安全を
十分に確保できない環境にて、事故が多発している。

 上記のAとBは、地域住民や利用者、またそれら等を
規制してる地域管轄の警察機関である交通課などでも
十二分に、その危険性を認識されている。

 でわ、どうしてそれらの危険を事前に防げないかと
言う疑問に至りますが、これがまた至って単純でした。

 『道路における建設、信号機、道路標識等の設置』
それらには、”予算”と言う物が絡んで来ると同時に、
「新たなる建設と、改善的な建設(保守、改善)との
経費の比率が、かなり重要点として偏っている」とも
考えられます。

 事故が多発する地点での特徴に、対策と建設などに
時間がかかりるぎるだけでなく『問題解決をできない
あいだは、事故が発生してもやむを得ない』と言った
”お役所独特の感覚”によって、同じ悲劇が繰り返し
発生してしまうのです。

 新たに道路や区画の整備の建設なども重要ですが、
既に建設されている道路状況に欠陥があることにより、
事故が多発している状況では、『本来、あるべきでわ
無い、道路環境としての欠損を補正する』と言うのが、
建築上での理論であって、それらを補正、保守などが
できないと言うのであれば、『道路建設に伴う責任が
負えない(管理、保守ができない)』として、建築を
するに至らないはずなのです。

 よって既に建設を完了してる”交差点や道路等”で
事故が多発している(過去5~1年以内に、2回以上の
同様ケースの対人、物損事故が発生している)地点は、
優先的に改善し、それが処理されてから新しい建設を
するのが理想的であり、現状における道路建設などが
十分に行えない、又それらの補正、保守が行えないと
言う状況にて、新たな道路建設や区画整理を行っても
その信頼性に欠けるだけでなく、現状としても信頼が
無いとの結論が出ている。

 危険性のある交差点や道路の補正は、それ程多くの
予算が必要とされてるわけでもなく、又無駄な予算を
つぎ込めば問題が解決すると言うわけでもありません。

 補正と言っても、できる限りの低予算により、その
状況を改善するのが好ましく、それらの起案も現場の
周辺住民や、道路利用者による状況調査や意見などを
回収する事によって、利用者が求める道路、交差点を
補正的に作成することができる。

 道路などの建設には、その殆どが卓嬢での便宜性が
追求さえており、実働における利用者の便宜などは、
一向に考慮されてないが故に、長い期間も道路問題が
放置されてしまうのです。

 何度も繰り返すようですが『現状における建設物の
危険を回避することが第一優先であって、現状の道路
問題が解決をできないのに新たなる道路建設や区画が、
成功する理由もなく信頼も無い』との判断をするのが、
一般大衆的な私の個人的意見です。

2.渋滞の改善
 ”渋滞の改善”は、改善点が大きく分けて二つある。
一つは、建設的改善。もう一つが信号機や標識による
理論的な改善です。

 建設的改善には、予算も多く必要とするだけでなく
”余計な建設行為”も含まれてしまうことが多くなり、
それによる予算も無駄と評価せざろ得なくなります。

 渋滞原因の一つに”信号機用探知機の設置場所”が
あって『時差式や探知機型の場合、その探知機などの
反応によって信号機の規制内容が多少変化するように
なっている』が、その探知機等の設置場所によっては、
十分にその効果を発揮できないだけでなく、渋滞等を
発生させる原因にもなっている。

> | |            |   |
>---  --------------------------    --------
 →   →        ☆
 交差点A             交差点B
>---  --------------------------    --------
> | |            |   |

 上記の略式図では、”→”が進行方向で、”☆”が
探知機がある部分です。図上に信号機が表記をされて
おりませんが、説明に必要が無いので省いています。

 ☆の印の部分にある探知機は、右折や通過車両等の
様子を探知するもであるが、そこに停車、通過による
状況にて探知機が認識するもので、交差点Bに設置を
されている信号機が制御されます。

 つまり、交差点Bに対する規制は、☆の探知機にて
ある程度の規制がされるが設置場所の関係上、直前の
交通事情によって規制され『渋滞や通過量が多くなり
通常規制が困難だから規制をする』との原因が発生を
してからの対応となっている。

 この現象によって渋滞や交差点での交通不便さは、
”発生してから対応され、渋滞などを事前に防ぐと
言う事ができない”状態にあります。

> | |    |  |     |   |
>---  ---------   -----------    --------
 →  →☆
 交差点A    T路地      交差点B
>---  --------------------------    --------
> | |            |   |

 上記、☆の場所に交差点Bに対する探知機が設置を
されていますが、これにより交差点Aから交差点Bの
あいだを交通規制することになります。

 交差点Aから交差点Bへ移動する交通車両を把握し
それによって、渋滞を事前に発生させないようにと
試みる物です。

 又、途中にT路地がありますが、そこに信号機が
設置をされていません。つまり☆を通過した後に、
交差点Bの通過をしない車両が発生する事の意味を
現していますが『渋滞を発生させない』と観点では、
探知機を通過後にT路地を左折しても、交差点Bでの
信号機の反応は、多少過剰に渋滞に対する回避的な
反応をすると言うだけで、渋滞自体を発生させると
言う結果に至りません。

 又、この☆地点に設置させる探知機なのですが、
その装置の特徴によっては、赤外線等を遮断的に
通過することで、車両の数だけでわなく車長等も
把握する事ができ、それによって目的区間の道路
状況を電子的に把握することも可能になります。

 つまり信号機が独自に交通量を把握し、更には、
各信号機が渋滞を発生させないようにと、付近の
信号機と情報を交換しあって、単独且つ連帯的に
交通を信号機自身が行える能力を持たせることも
近代的な工学では、十分に可能になっています。

 こうした意味合での進化には、警察機関(交通
規制課)や大学の工学部、そして都市開発による
設計者に、近隣住民や利用者としての意見などを
均等に取り入れることによって、成立つと考えて
おります。

 まず第一に必要とされるのが、交通事故多発の
現場改善で、それにおける予算の拡大すること。
第二に、新たなる道路建築には、卓嬢で行われる
理想的空想建築でわなくて、利用者の便宜を最も
重要なる建設基準として、利用者、近隣住民等の
意見を基に、建設設計、更に警察機関によっての
完成後による予測や検討、補正予測なども十分に
検討しておく必要があります。

 道路や人間、又あらゆる産物等も、ただ造れば
良いと言うのでわなく、それにおける責任を負う
意識が無いなら、そこに理論などをかけ合せても、
矛盾するばかりで、争そい事の原因になるだけ。

 まぁ~『子供を多く産んで欲しい!』とだけ
国民や各市町村民に対し発言するだけの無責任な
各種議員には、理解できない貝も知れませんが、
例え人の生産であっても『優秀なる人物が一人と、
それに劣る社会的不良の3人が生産された状況では、
どちらが社会的に効率が良いか』を考えるべきで、
多くの優秀なる人材を育てられない大学や社会の
現状で『産め、増やせ』の発言は、とても原始的
且つ、過去の人類の歴史からして”同じ過ち等を
繰り返す”ことにも繋がる発言であって、学習と
言う物を放棄した又は、怠っている状況の発言と
個人的には、客観的にとらえています。

 私達は、”人間を含めて生産と言う行為などを
見直せるほどの高度な文明を築き上げている”と
言うことを自覚すると同時に公害、事故、災害を
事前に防ぐ必要があり、又犯罪を含む観点からも
更正的且つ、補正なども対応できる柔軟的基礎を
発想として持ち合わせていない限りは、論議等の
場を含めて、あらゆる意味での共存しあえる場が
存在しない。

 よって改善、補正、更正は、現状での社会人が
負うべき社会的な責任であり、それを怠っている
状況では、成人した日本人国民の誰しもが社会的
責任を放棄、怠慢していると同様であると言える。

 特に、それらを指揮、統括できる立場にあると
言う社会人は、通常にもまして責任が重いことに
なります。

 

 以上、『交通規制手段の見直し』の一案と私の
個人的な意見です。

Ps.靖国神社の参拝について

 その個人的な行為自体は、それを誰がしようと
かまわないと思いますし、むしろ仏教徒や西洋的
宗教信者が、異教徒的な交流を踏まえて参拝等を
することも悪い事だと思いません。

 但し、それによって誤解を招いたり、国際的な
意味での交流の妨げになってしまう結果になると
言うのなら、その意味合を考えないとなりません。

 十分に相手を説得し、誤解無く又、政治的での
戦略的な意見として利用をされないように工夫を
するということも、うでの見せ所かもしれません。

 例えば、万里の頂上を遊歩し、そこに祭ってる
神仏について聞いてみるとか?

 私が知る限り、とある国は、日本の歴史に勝る
国内戦争大国であって、その国が統括される迄に
至る歴史には、人の肉を食らうほどの文化を生み
出した程の戦いを極めた歴史を持っているらしい。

 ですので、いっそ相手の「ぐぅの音」もでない
証拠をさりげなく、客観的に旅行気分で参拝して、
洒落の一つでも言えば、日本国としての歴史から
学んだ理論的政治の柔軟性を理解してもらえるか
と個人的には、思っているのですが…。

 さもなくば、いっそTVなどを通して、『私は、
今と言う時があるのは、喜劇や悲劇、惨劇だけで
語れると思わないが、悲劇や惨劇よりも、多くの
喜劇を増やす為にも、惨劇や悲劇から目を背けず、
又、周辺国に否定されるが度に、心底戒めるべき
歴史上の惨劇を痛感させられる。そんな周辺国の
愛情的な指摘があってこそに、今後の日本国との
信頼ある国際的な外交が築かれると思っている』
と言ってしまえば、周辺国からの批判意見なども
「良き指摘として解釈している」とする表現にて
国の外にも内にも当たり触り無い。

 朝鮮人民共和国との外交も揉めてる状態ですが、
下手すると数十年後のには、日本国家も同様なる
政治策をとらざろえない状況に陥る可能性などが
あるということを十分に把握するべきで、私達は、
それを事前に回避しなければなりません。それが、
戦後における日本の社会人としての責任だとも、
個人的には、思っています。

 ちなみに朝鮮人民共和国と軍事的争そいとして
悪い意味で発展しても、得をする国は、西洋圏の
国にだけで、歴史的に高度な文明を持ちつつも、
それらを維持できない下等思考の政治によって、
もたらされた惨劇。として歴史的記録がされると
言うだけなので、かなり損です。

 どこの国でも同様ですが、同じ日本人としても
軽蔑されるような人物しが、たいてい他国人種や
国内的人権差別を引き起こしています。それらは、
暴力団、門地、人種などを含めて、日々において
自分達が軽蔑されているが故に、それ以上に弱い
立場の人間を虐待することで中和しているのです。

 皆さんも覚えがありませんか?
小学生、中学生の頃、散々に軽蔑をしていながら
自分達にもできなかったことを、自分の子供達や
まして他人の子供に、理解してもらおうことなど
できるでしょうか?

 更に今時期、日本国内でわ勝ち負け思考です。
暴力団、暴走族の追放や、負け組差別を含めて、
立派な差別行為です。

 それでもやはり”正義論”で、それらなどを
弁解しますか?

 暴力団、暴走族の追放に、負け組の発生などは、
明かに、社会的責任を放棄した日本国国民個々の
責任なんですが、それらを明らかに自覚してない
意見だと、感じています。

 但し、こうした見解には、もう一つ別の見方が
あると言うことを忘れては、なりません。人間の
なかには、殺人や口論を含めて、争そう事を好む
本能を持った人間が多くおり、それらの存在が、
犯罪や暴力、不法行為や差別を発生させていると
言う場合があります。

 好んで悪党として生きる人種などは、それらに
値するかもしれませんが、そうした人材の更正を
することができない限りは、正義も経済的似非に
過ぎないと言えるかもしれません。

 個人的な意見の方が多くなってしまいましたが、
これらが何かしらの資料の足しになれば、嬉しい
限りです。

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☆ 笑いの電動コケ師達 ☆(天使と悪魔の囁き)

万学Ⅱ的、『交通規制手段の見直し』

天使 事故を未然に防げるような環境を造るべきだ

悪魔 規制ばかりの世の中なんて、自由だ自由を!

HIRO 規制と言っても、それ以外が自由だからさ。

◇多くの人を笑わせることを追求◇
コケ師達(応募者)による内容を募集!
皆さんの『題名、天使と悪魔の囁き』を大募集♪
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作成・編集 万屋

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