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日本国には、民主主義政党が無い!

Yahoo!Blogs からの移行。

投稿日 2008/1/21(月) 午前 0:16

ファイル 4922-1.jpeg

今回の写真

(∇〃) .。o(この画像は、Internet上で拾って来た物です♪)

「ほれ、小沢さんに電話をしたんさい♪」

(∇〃) .。o(・・・どぉ~して、そぉ~なるかなぁ~♪)

全てが似非の民主である

 その土地に長年住んでいない者が『その土地の
代表者として、国会で代議する』と言うことは、
基本的にあっては、ならない行為である。

 また、そうした観点にあるからこそ、地方での
活性化が進まない状況にある。

 しかし、そうした規制を行う事によって都市の
活性化が逆に、遅くなる事も考えられる。そこで、
『政策研究者』と言う立場を設け、これによって、
代議士として立候補をする為の実績等を積んだり、
学習する期間(浪人期)を世間的に認められたい。

 その『政策研究者』は、地位的にわ代議士とわ
異なるが、結果的にわ政策における発案情報等を
模索する者達であり、そうした政策案を手にして、
代議士に立案し、代議してもらうのが普通である。

 つまり基本的に代議士となった場合においては、
代議士としては、『民主主義』の場合だと自己の
意見は、基本的に起用せずに『民』からの立案を
起用するのが普通である。

 その逆に、代議士自身が経験上において、良き
案件を有した場合、それを一度、『民に公言し、
その返答を、纏めて立案としなければならない』
と言うのが普通である。

 基本的に、その時の『民』には、政党、派閥で
排他せず民である以上は、誰でもから意見を受け、
それを纏めて公表し、その支持に対して許可を、
得た場合に限り、立案となるのが一般的かとも、
想われる。

大連立の逆説

 私は、基本的に『民主党』が次期の衆議院選で
与党になった場合には、『民主の主義』を尊重し、
『全政党、人員構成を国会議員5名以下』とし、
似非民主から国民を解放したい想いにある。

 これは、一見して大連立とは、言葉の表現で、
反論になるかと想われるのですが、民主主義との
観点では、『その全ては、民に既存する』と言う
観点でみると、『その主義が何であれ、民であり、
民主の観点から、民主主義と相反する民の主張も
平等に認められることが求められる』と想われる。

 つまり大連立は、結果的に大きな利己団体を、
形成しますが、国益になるとは、想われません。

 真意での国益では、あらえる情報を得る為に、
色々な視野(主義、思想)からの意見や情報を
入手し、それに伴って国民一致で論議を行うと
言うに例える国会でなければ国益を得られない。

 既に、我が国の国益とは、人類規模の利益を
追求することが、現行の憲法でも望まれており、
それに、そぐわず『日本国の利益』等と言った
観点では、大連立でも利益が薄い。

 私が之までに色々と構想して、独裁、共産、
資本、民主を主体に比較し、他の社会、共和、
などの分野は、先の四種に類推して、それらの
文化的な流れを、人類の文明と言う尺度にて、
追ってみると、『民主は、平和的でわあるが、
政策の点では、反応が鈍る』ことわ解っている。

 つまり、現行の『民主』を政党名に付けてる
政治政党全の殆どは、政党独自の起案であって、
『民の個人からの意見を纏めた物でわない』と
見受けられる。

 逆に、個人の保護と言う観点では、裁判所の
利用も可能である。

 それらを考慮すると、現行の日本国における
民主は、その全てが似非である。