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日本国は、高校までの義務教育が可能か?

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投稿日 2006/9/16(土) 午後 8:26

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 近年では、周辺諸国の文化も向上しておりまして、
義務教育なども、高校までを保障している国なども
あって、その後での文化向上に成功している国が、
あります。

 大韓民国では、高校生までの義務教育の他にも、
大学の進学率が70%と言われており、Americaや
(あめりか)、西洋地域などに積極的に留学をし、
色々な事業を成功させている。

 今日では、日本国内における教育においてでの
”ゆとり教育”が、「ゆとりのある環境において
物事を学ぶ」と言う本来の意味から、「あいまいな
環境での教育」へと間違った路線を進みつつあると
思われています。

 であるならば国民である皆さんは、どうのように
働きかけることが、良いのでしょうか?

 資産家であれば、学習塾や私立の学校へと進学を
させて、学習を極めるような環境へと進ませますが、
資産に乏しい家庭においては、学ぶ環境を得るとの
手段は、比較的に「他の家庭と同じように・・・」
と考えている主婦が多い。しかし、それらわ誤った
判断である。

 世間一般と言うのは、個々の差を平たくしてでの
視野でありますが、実際にと使用されている言葉の
意味合いの本髄は、「主婦同士の友達や御近所に、
恥じない程度で十分である」と言うのが本音らしい。

 そもそも義務教育など学ぶと言う行為は、当人の
ために行うものであって、親達にわ直接関係が無い
と一線を弾いている家庭も多く、その一線が子供に
とってむしろ、Anchor(あんかー)になっている。

 そうした気構えが根底にあるので、高校生までの
義務教育に対して、あまり乗る気でわないのである。
そもそも親族が高校で然程に学習を楽しむと言った
ことを体験してない事から、むしろ学びの場として
親自身が認めていないのが原因かもしれません。

 学ぶことの楽しさを教えると言うことが学習での
一番重要な観点であって、進学するための学習だと
言うのは、その目的を果たすと、何も残らないとの
事実を、既に世間一般の多くの日本国民達が把握を
している事実でもあります。

 受験のための学習でなく、自分達の知的な欲求を
満たす為に、学び方を学びつつ、義務教育以外でも
学びの場を見つけて、常に学び続けることが出来る
環境を手に入れることが大切だと、個人的に考えて
おります。

 受験の為だけの学習は、結果的に家畜的な国民を
生産しているに値し、それにおける税収にて官僚が
私服を肥やしていると思われても、仕方が無いとも
感じております。