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戦いの何たるかを知らずして自衛は、できない!

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投稿日 2008/8/26(火) 午後 9:38

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日本人は、とかく自衛力に欠けている!

 日本人は、自衛力に欠けているのかと思われる。
その理由は、色々な意味合いで不当、不法行為の
被害者になる人が多い割りには、被害者によって
必通の叫びだけが世間に公表されるのみである。

 本来であれば、そうした被害を未然に防いだり、
被害に基づいた防犯対策も、同時に伝える事等が
公共利益となるが、一般にそれを行うと言う事は、
少ないのであって、自体が深刻にならない限りは、
警察を初め、公共機関が自主的に防犯の宣伝等を
する事が無い。

 逆に故意で、そうした体制を築いて、優位性や
必要性に伴う依存性を国民に抱かせ、安全依存の
関係を保つ事で官僚と民との優越性を保っている
と言うのが現状である。

 この現象は、医者や弁護士などでも同じであり、
Service業としての自覚に欠けている。

 しかし、多大なるRisk(りすく:危険)などを
承知で請け負うと言う観点では、何だかの見返り
などが欲しいと思っても、当然なのかと想われる。

自衛戦略

 まず民としての自己の安全を確保する必要等が
あるのですが、防災、防犯などを主体に個々での
生活に合った国民個々の範疇にて、必要とされる
知識や能力を身に付ける必要が有る。

 国家間や大規模な災害などでは、当然に国家の
行政Serviceとしての発動が求められる。

 又、個々に関する問題では、警察などが防犯に、
災害などでは、消防などが関与をする事になる。

 しかし、そうした行政のServiceは、無保証で
あると言う事を把握して居ない人が多く、それの
観点にて、大規模な災害を未然に防ぐ等の対策を
怠る傾向が有り、TVなどで他人事となる事件の
報道がされても、己が他人事で被害者になる迄は、
平然として無防備なる生活を行っている。

 そうした日本国民における日常の生活観などを
「平和呆け」と提唱する学者などが居る。

ところで戦いとは?

 基本的に戦いに、『敗者の存在が無い』と言う
状態が基本なのかもしれないと私は、考えている。

 何故か?

 決闘の相手は、基本的に心で居るのが普通で、
敗者としていき続ける事は、死ぬ事よりも苦痛で
有るという精神教育を受けているのが、万国での
紳士的な文化教育となっている。

 ちなみに、そうた風習を真意で支えていたのは、
女性である。

 昔から女性は、貞操を誓い生涯を沿いとげると
言う女性も少なく、どんな思い入れがあっても、
奇跡よりは、たやすいが一般的に過半数を割った
考えである。

 逆に男性側も、一人の女性で生涯を満足すると
言う、できた女性が少ないと言うのも現実である。

 ちなみに人育戦略において、一見して男性側が
優位であると想われがちですが、どのような場面
などを想定しても(乱交、単一、同性愛を除く)、
女性に優位に働くのが基本のようです。

 しかし同性愛に限っては、不作の愛として近年
までは、有益性が無いとされて居ましたが、代理
出産などを経て、同性愛でも有益となることも、
新たなる世間事情として明確になっています。

 さて戦いですが・・・。

 国家間における戦争に付いては、多くの犠牲を
強いられるだけでなく、戦いを欲して居ない民や、
未だ物事の分別も付かない子供を軍事思想などを
植えつけて教育(洗脳)してしまうとの現象が、
過去に発生をしている。

 現在では、この方法を宗教団体が用いていると
言う事が解っており、不当、不法に使用をしてる
と言う事も判明している。

 しかし戦略は、負義にだけ使用をされていると
言うわけでもない。

 中華人民共和国の歴史における兵法で、孫子が
世界的にも有名になっており、経営における営業
などの戦略で使用をされている。

 同じく西洋は、Lanchester's lawsがあって、
GAMEの理論と言う観点だと博士の学説が
実際の企業での自由競争に纏わる企業の戦略にと
正当的(つまり現代的)に使用をされている。

 日本でも、戦国時代における武将や世界大戦の
最中に誕生をした優秀なる参謀が多く居たのも、
事実であるが、それは、各々で調べられたい。

と言うことで・・・

 今回は、YouTubuにて公開をされている動画を、
紹介して見たい。

動画
 ・BF1942 "硫黄島攻防戦 ~island of hell~"
  ・YouTube

 これは、硫黄島での決戦をGAMEの画像等を
用いて再現されたようです。

 この関連によるYouTubuの画像では、実際に米軍が
硫黄島で撮影をしたとされる映像なども公開をされて
おり、それらも参照にされたい。

 また『特攻』に付いても、映像が記載をされている。

第二次世界大戦後に日本が学んだ事は?

 『自衛』と言う言葉では、ないだろうか?

 倫理が成熟した段階で必要となるのが防御力で
あって、倫理を保守する能力を必要としている。

 つまり現代の日本では、論理的倫理等が確立を
されているのに、それに対して国民が不知である
と言うがため防災、防犯における自衛力に欠けて
いるのかと想われるのである。

 最悪の場合には、自我の倒壊により発生をする
自殺や無差別殺人事件にと至る場合もある。

 それらは、自衛力(自己を守る能力)に欠けて
居るが故に発生したのかとも想われと判断をして
いるのが現状での私の説である。

 よって、そうした被害者にも加害者にならない
為には、どうすれば良いのか?

 ・・・を問うのも重要であるが、既に日本国や
世界の歴史や現状で言う『戦争』等から学ぶ事も
必要である。

 尚、人類には、極少数であるとされるが殺人を
好む人員がいる。

 しかし、そうした人の存在を否定するので無く、
その必要性と、的確なる場(殺人を欲する者が、
活躍できる場)を、示し導けば良いのかと想われ
然程に過剰に殺生の全てを否定する事も無いとも
想われる。

 そもそも日本国の文化では、平然と世間的なる
地位を追われ、後においても命を狙われない為に
出家して尼や僧侶になって、命を免れると言った
武将や、その妻達も多かったが、そうした事等が
できるのは、世間的に高位な地位に有る人のみが
可能であった。

 世界中の色々な文明を探りつつ、その時代での
戦い方があり、このBlogを目にする人は、過去に
そうした戦いを生き抜いてきた人から引き継いだ
遺伝子を持っているのである。

 戦いの場で生き抜いた者も居れば、生活の場を
戦いの場として奪われて、被害者になりつつも、
その場を生き抜いたと言う人も居るだろうかとも
想われる。

 そして平成の時代に生きる日本人に求められる
能力が自衛であって、外部からの攻撃を防ぎつつ、
新たなる文化改革を行う必要が有るのである。

 不当、不法行為によって他人に与える被害や、
自己が受ける被害に、大自然による脅威となる、
天災などを含めて自らが生き続ける事を念頭に、
自衛を考える必要が有る。

 人は、土になり華となって栄える事を・・・、
望むので無く・・・

 現代の人類は、草木や他の動物を、育てつつ
共存的な関係を保つ必要があり、そうして栄え
増えた地上の生物は、他の惑星へと生活の場を
広げて行くのである。

 そして更なる未知の危険(Risk)に対して、
立ち向かわなければ、ならないのである。

(∇〃) .。o(今回は、小説の一説みたいだ♪)

定価 20円(よっろちゃ王国円)で発売予定なし!

・・・Σ(〃▽〃) あはぁ♪