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No.145 公務員の実情を早急に把握されたい

配信 2008-04-05
=== 万(よろずがく)学 2 Internet Ombudsman ===
No.145
作成 2007-11-09
問題 公務員の実情を早急に把握されたい
配布 2007-11-09

= 欠如ある部分攻めても切が無い =

 無い物を、無いと言って指摘しても、事実であり、
それを指摘して責任を感じても、改善されることが
基本的に無いのが行政Serviceの特徴である。

 そこで今回は、まず代議士の皆さんに公務員達の
実情から把握をされ、今後の行政Service対応向上に
役立てられたい。

== 何を基準にするか? ==

 国家公務員の年間自殺数を把握されているだろか?
2004年度でわ134人だそうである。しかし、
当時の国家公務員数が約8万人であるから、大した
数でわない・・・とわ言えない。数字に騙されるな!

 『人の命は、地球より重い』と言いった間抜が、
居るのですが、「地球は、宇宙に浮いている状態で、
それで現すなら、人の命など考えるに値しないほど
軽い。しかし人の命は、希望に満ちて、時と共に、
この宇宙の膨張と同じように広がっている」と言う
限りでは、未だ望みがあるのでわないでしょうか?

 そこで『希望』を、一人の国民と願う立場にて、
まずわ主張をさせて頂きたい。

= 国家を形成する公務員への『希望』 =

 国家は、実態がありそうで無いような物である。
国土、海域、空域、近年では、地底における範囲を
含めて、領土的な主張があれども、国民としてでの
基準は、『民としての営みを維持する』ことにあり、
国家の形成が、どうのと拘る事が基本的に問わない。

 但し、その意見は民の意味合での主張であって、
君主制の観点からでわ異なる。っと主張するよりも、
現状において君主制を理解したいが、どうしても、
貧乏民の生活からでわ夢物語で、君主の現実などが
感じずらい。

 よって当然ながら、皇室の苦悩も理解しがたい。
但し現状であって後においては、この限りでわない。

 近年では、公務員法や、実務における公務員達に
よって行われる行政Serviceへの対応などを見ると、
欠落する部分があれど、それを公務員の一存により
補おうとする傾向があり、それにおける責任などが、
その人員に課せられてしまう傾向にある。

 むしろ、そうした現実を悪用し、気に食わないと
言う人材を、個人の責任が比較的に過重なるような
部署へと配置することも、戦略だと思い込んでいる
愚かな公務員・・・となる国会議員も居るのである。

 ・・・例えば、法務大臣とかです。(笑)

 極端な例を挙げても、実際に発生している民と、
公務員とでの公共Service受付窓口での小競合いは、
一向に、国会議員にわ見えていない。悪いことに、
権力行為にて、暴君の如くに法規を歪めるような、
過剰なServiceを配下の人員に求める方が、多いと
言うのが、現状でわないでしょうか?

(上記の文字を太文字で表記してくれと言う秘書も
 多いかと思われますが、心中を御察し致します)

 まず必要なのは、欠如、そして過剰なServiceの
責任を、どこに求めるか?という事から始まるかと
思われ、それにおける志にわ国会議員の皆様自身が
配下の人員に対する、過剰並びに不法、不条理等の
Service請求を部下などに強要しない事から始まると
私は、想っています。

(私的には、ここ迄を太文字で強調してあげたい)

= 次の段階でわ? =

 国民にServiceを提供する公務員の真意と、矛盾を
理解したい。

 これは、Serviceを提供する側、それを受ける側の
心理と真意を理解する必要があります。

 果たして、日常で発生をする公共Serviceを求める
民と、それを提供する業務的立場にある公務員側とで
どういった事情で、小競合い(窓口などでの口論)が
始まるのだろうか?

民(Service利用者)>

 利用者は、特定(希望)のServiceを受ける目的で
公共の受付窓口へと足を運ぶ。しかし、特定条件が
満たされないとのことで断られる。

 民の損出は、『公共窓口にまで出向いた体力などを
含めた浪費』である。

公務員(Service提供者)>

 利用者の申請が行われたが、必要の書類、条件等が
満たせておらず、民からの申請を断る判断をした。

 それらは、法規によって定められている規制範疇で
あって、民からのService提供を拒むことになる。

結論>

 利用者側である「民」は、申請に必要な条件などを
十分に認知していない事から発生をする。更に、公務
側となるServiceへの申請応対を受けた人員が、相手に
対して『十分な説得能力が無い』ことが原因である。

 利用者の認知と、応対者の応対能力が、双方により
欠如して行政Service窓口で日々に発生する現象です。

 上記は、一般例ですが、交通違反での速度超過や、
SheetBelt(しーとべると)着用義務違反に似ている。

 交通違反は、認識不足、注意力の低下や不足にて
発生をしますが、別枠で倫理性の低下でも発生する。

 行政Service側では、接客対応能力をSheetBeltに
例えると、その能力を身に着ける事により、事故等が
仮に発生をしても、難を免れる可能性が高くなる。

 利用者である民は、そうした交通法規の存在などを
理解するべく、『どうして、その書類、記載、条件が
満たされなければ、公共Serviceを受けられないのか?
を理解する必要がある』が基本的に、それが不可能に
近いので、殆どが『公務員の説得力』に委ねられる。

 民として無責任かもしれませんが、義務教育だけで
日本国民として与えられた権利等を主張できるなんて、
とうてい不可能なことであって、神仏であっても無理。

 だから過ちが人にも及ぶのであって、民、公務員に
責任を問うならば、まず始めに『製造者責任法』を、
神仏に『人の製造』と言う観点で法廷に呼び出したい
ほどである。

=== 民による権利の再確認と、条件を満たす必要性の理解 ===

 これは、公務員側が民に対して、その真意として何を
想い志にして居るのかが明確になる部分である。

 支配意欲に満ちた民主を語る代議士の中には、自己の
利益と支配意欲を前提に民主を語らる輩がいる。民主と
言う言葉の悪用を避けて頂きたい。(政党名を含めて)

 代議士は、民に利用されて、その価値があるのであり、
代議士個人の主張に対し、支持者を先導させる行為等は、
どの様な主張を語ろうと社会主義、共産主義、個人的な
思想を、民主主義だと祭上げて主張しているだけである。

 只単に、民の意思を纏めているだけであり、近年にて
核施設を利用不能化を迫られている某国の主義思想と、
大差が無い。逆に日本国ほど、社会主義的で、共産や、
特定思想に民を誘導する能力に長けた国は、他に類が
無いかもしれない。しかも民主と偽って・・・。

 なんせ会社とは、社会主義体勢によって形成されてる
と言う事を、実際にわ理解していない国民が多いと言う
現象自体が問題である。

 戦後の日本国家は、民主化が進みつつも官を崇めると
言う発想から、特定の国民が官に対するServiceとして、
諂う事により、『民よりも超越的な気分を得て、それを
利益とする』と言う現象があり、それに良く騙されると
言う傾向にある。俗に言う『祭り上げ』であり、それを
得意とする、その道の技能を極めて職にしているような
人員に、煽てられる現象がある。

 その人員を贔屓にし、更に悪い事に、その者が一人の
民であると錯覚して、比較的に心地よい人員からの願い
ごとは、聞き入れたくなるのが人情です。

 そんな人間関係で形成されているのが現状の代議士。

 そうなると盲目となるのが、実際の法規定となる。

 惚れた、腫れたで、見えなくなる特徴などの再認識を
必要とするのが、権利の再告知だと私わ個人的に想って
居ます。

 逆に、幾ら贔屓をしたい民であっても、その内容が、
憲法及び、その配下の法規に反するのであれば、聞き
入れず、その理由を釈明する能力が求められている。

 それは、自衛の概念であって、軍備よりも最重要視
される能力だとも個人的に思っています。つまりは、
説得力、交渉能力(但し基本的に法規に妥協が無いが、
特例対応、緊急対応、応急処置などがある)などにて、
応対することで、紛争が防がれることになる。

 それは、国家間で言うなら、論理的な説得能力と、
相手を納得させる条件の提示であって、その縮小的な
日本国の民と、行政Service窓口での申請においても、
同様かと想われます。

== 結論 ==

 実際には、行政Serviceを行う窓口人員が、どれほど
気苦労をしているのか、部署形成の権限のある人員は、
理解をしていない。むしろ苦しみを知りつつ、それを
堪える事を学ばせ、『だからこそ老後が保障されてる』
と誤認させている。

 ちなみに上記の不満が解消されないと割に合わない
と言う観点から不条理な活動に参加する傾向にあると
言うのが人情でもある。

 実際には、利用者の存在なくして部署的に成立たず、
部署の目的は、利用者の利益によって、それ相応での
利益を税として回収することにある。

 逆説で例えると、Serviceを提供する業者にと赴き、
その目的を告げたら、業者が『あなたは、当方営業の
条件を満たせないから・・・』と門前払いを受ける。

 その時に思う人の心理は、どのような感じになるか?

 総理大臣に成りたいのに国民に拒まれる・・・w

 各種大臣でも良いからと想っても、更に拒まれる。

 国会議員に成る事すら拒まれる・・・と勘違いを、
なさっている代議士も多い。

 民主主義は、多数決でわなく、例え少数であっても、
個人であっても一人の民であり、その主張が憲法及び
その配下の法規の範疇である限り認められるのが民主
主義の特徴になります。

 民が求めるService、そして、そのServiceの提供を
する公務側の限界は、法規における限界と似ています。

 それの追求する国家の姿勢が、必然的に犯罪減少へ
結び付き、更に国民の喜びの声が聞こえるようになる。
そして民の喜びに満足をする君主がおり、その環境を
守るべく、自衛の能力が追求をされる。守る価値が、
見当たらないのに自らの生命を投げ打って自衛公務に
専念する国民は、基本的にわ居ない。その場合には、
国家から強制的に駆り出されると言うのが正しい。

 Serviceの追求が極めるところ人の命をも救います。

 それは、金銭でわなく技能であって、金銭が技能に
おける報酬であるに過ぎない。その技能を求める限り、
広大な宇宙が、更にと膨張するのと同じように『日本
国民の希望』も、広がるのかと想われます。

 Serviceと言う事を改めて個々で考え直して頂き、
各政党の主張に沿って、公務における向上への論議を
行って頂きたく、個人的にわ願っています。

 中東の原理主義者が忌み嫌う「資本主義」ですが、
その根源は、『能力追求と代価の均衡が、Nash博士の
言う他人の生命価値と、自己の利益でNash均衡があり、
常に不甲斐ない選択を「やもえない」と判断をしてる
人間性にある』と言った、私的な結論に達しています。

 米国におけるHomelessの四人に一人が退役軍人だと
CNN.co,jpでのNews記事にも記載がありますが、日本
だからこそ、米国に主張ができる事もあるのかと思う。

 その能力が現在の日本国にあって欲しいと、一人の
国民として、代議士の皆様に期待します。

= 追伸:衆議院の解散に付きまして・・・ =

 現状での厚生労働省にて発生をしている国民保護の
状況に対し、多額の金員を必要としています。よって、
不本意に消費される国費は、この時期でわ好ましくは、
想われません。

 つきましては、基本的にわ任期満了を基礎とした、
与党、野党の攻防を正常とし、悪徳なる国益などが、
発生しない限り、衆議院の解散を一人の国民として
求めるつもりは、現在ありません。

 与党を否定するだけでが実績でわない。親の欠点を
子が指摘しても、欠点なのだから「仕方ない」と言う
人の特質などを、十分に理解されたい。

 求める所は、欠点を補うことであって、補うような
得策が国会の場に限らず実行できれば、多くの国民が
認めてくれるのかと想われます。

政党名の改善>

 尚、各現行の政党に付いて民主及び○○民主などと
党名を挙げている政党は、その政党名を改める必要が
あるのかと思われます。

 私が日本国民の一人として認識している限りでは、
『日本国にわ民主主義は、未だ確立がされておらず、
”民衆主義”を民主主義と誤認させ統治意欲に長けた
特定の国民が、国会代議士になっている。代議士達は、
代議士になる以前に、代議士になって欲しいと、広く
国民から依頼されて、その基で代議士の立候補者にと
なって民の意見を代議する役務を得るのが民主主義の
代議士であるかと想われます』よって現状の日本国に
私が知る限り、真意からの民主主義は、存在しないと
主張し、「各政党は、その過大な政党名を改めつつ、
むしろ広い意味合で国民に理解されるような政党名を
掲げて欲しい」と思います。

 羅針盤などを提唱する民主主義なんてありえない。

 人の行く道は、球からの出発の如く、四方八方、
上下において自由である。そして時代は、宙を指す。

 その事を現代人として代議士の皆様に理解されたい。

 又、人が今居るところから宙を指差す事が『無限の
希望』を意味し、平坦で指し示す羅針盤とは、比較に
ならないと、理解されたくも思う。

 これは、国民としての立場から、代議士の皆様への
Service的なReportです。

 御代は、不要ですが、国会にての御題を求めます。

 日本では、Serviceも産業ですから代価を求めます。

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作成・編集 万屋

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