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私は、人質への心配よりも、加害者を信じていた・・・

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投稿日 2009/1/11(日) 午前 8:54

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無事に解放をされた♪

 日本人の女性医師が、外国から海外支援活動にて
参加していた地域において、拉致をされ、後に人質
交渉の対象にとされていた。

 その事件が発生後、数ヶ月を経て、ようやくに、
問題が解決をしたとのこと。

短期決戦とは、ならなかった

 訟廷行為を行っていて、想うのが、不要的に長い
感じがすると言う点であり、その間に人が受けたと
される心身的な苦痛などが回復してしまうことから、
その事件後とに纏わる追走に対して、徐々に関心が
薄れてしまう感じがする。

 これは、当人訴訟で私自身が経験をした心境でも
あったのですが、私の場合だと、個人の心情的なる
観点での問題よりも、『倫理の観点』と『論理での
観点』と言う問題からの追訴であり、被害を受けた
心身的な苦痛などは、結果的な被害として記録して、
それを元に追訴を行っている。

 しかし今回の場合には、その逆であって、むしろ
長い時間をかける事で、双方において有益な取引を
行うと言う形式を行っている。

 私も現在、『戦争』に付いての学習を行っており、
その観点から一つの軍事戦が、どのように展開して
行くのか等を色々と調べていた結果、「作戦を早く
結論を出そうとすると犠牲が大きく、最善の結果を
出そうとすると、特殊部隊などを用いて、相応での
時間を要するが、むしろ、それが最善結果と言った
意味での最善である。しかし指揮官と言う観点での
軍事侵攻における心理では、大勢居る人員が消費的
物資と変らない『物』であり、不足すれば、次々に
補充して行くだけの行為にて展開する場合がある。
それは、人口も生産物の一つであると言う観点にて
処理されている結果でもある」と考えています。

 この現象は、軍事に限らず、あらゆる分野で発生
する現象であって、建設業などでも、要員が一つの
業務を終了させるまでに要する標準時間を不用意な
感じで、早期終了を求めたり、経費削減を行うとの
ことで、建築法に反するような耐震性が弱かったり、
建築上の不良があったりするのである。

 しかし私の経験だと、単調な5種工程程度だと、
過剰に急がせても、人間が機械のように対応をする
と言う事は、携帯電話の製造、自動車の製造などの
職務を体験して、既に実感的に解っている。

 よって、複雑でなければ、人に負荷される業務の
最善なる結果としては、相応の時間を要するけども、
単調な行為であれば、時短できる。

 今回の場合には、論理的な展開で進行が進みつつ、
『相手にとっても長期に交渉を行い、物事の解決を
する方が、利益がある』と学んだかと想われる。

 これは、『重要なこと』であって、反抗期などを
迎えた子供に対して、生じる心情とよく似ているが、
『求める結果を、即時に入手する心理などによって
生じる不満感』が、時として暴力的になると言った
現象であり、子供達の間では、「欲求不満(主に、
性的な不満を意味する)」と呼ばれる現象である。

 それを、放置する家庭が殆どであるが、個々での
人格によって、大きく人生を左右する性格になる。

 我慢強く、追求、追慾する人、直ぐに諦める人。

 男性が女性に貢物をする現象で彼女が欲しがって
いたとする物を漸くに、手に入れて、Present(ぷれ
ぜんと)しようとしたら、その彼女が既に別の物に
興味を示しており、Presentされた物に対して然程、
関心を抱いていなかったと言う場合もある。

 これは、『衝動的な欲求』と『継続的な欲求』と
言う観点での問題であり、必ず欲しいと言うものを
相手が、それを満たす前に、相手に与えると効果が
あるのですが、相手の効果が薄れた時には、それの
価値が下がってしまう。

 しかも、苦労して仕事をして得た給金から購入を
行ったとしても、その真意が相手に伝わるのかが、
問題視をされる。

 逆に好きな人からだと、何を貰っても嬉しいが、
好みで無い人から貰うと、何を貰っても・・・。

 こうした『人の心理』を解りやすく、親子や恋愛
などで例として解りやすくあげたが、交渉などにて
生じたりする影響力なども、それと同じく、何かを
学びえる機会でもある。

 恋愛上手は、子育て上手でも有るのかと想われ、
配偶者からも好かれつつ、子供からも好かれるとの
人が多いようである。

 それらの観点からも、最悪の状態であっりつつも
最善の選択肢で交渉を続ける必要があり、戦略論の
論理的基礎でもある。

人質の無事を祈ったのでなく、加害者改心的な交渉を信じた

 私は、今回の人質事件において、私自身が実際に
暴力団員などから、攻撃を受けたり、それに対して
迎撃的な対応を行ったり、逃げたりなどを行いつつ、
『事前に防備をする事が、双方にとって利益が高い』
と言う事を学んだ。

 例えば、犯罪に対する防御力の向上は、防犯的で
且つ、『犯罪者を発生させない』ことを意味する。

 つまり犯罪行為が発生をしないのだから犯罪者も
居ないのである。

 しかし刑法の定めによって、未遂であっても罰せ
される事の有る、行動規制も日本だと有る。

 今回の事件では、未然に防ぐ事ができず、国際的
展開で身代金や人質交換などの交渉が展開をされた
ことから、防御能力に欠けていた事が解る。

 私も過去に有った実生活の経験だと、過剰となる
正義感は、むしろ『正義の暴力』となってしまうと
言う点にある。

 これは、警察と暴力団、周辺諸国の軍事と、国内
防衛と言う観点での問題を例に挙げてみる。

(1)

 警察と暴力団では、武力的な観点だけで比較する
ならば、警察の方が上であり、その効力によって、
取り締まり行為と、正義論での秩序が守られている。

 しかし、そうした武力的な観点から考えるなら、
警察組織の方が、武装的にも暴力団より遥かに高い
団体である事が解る。

(2)

 周辺諸国の軍事的脅威に対する、防衛力であるが、
結果的に、対抗をする防衛力として装備をされると
する重火器や、装備機器、武器などは、国内最強の
武装組織であり、ある意味で一番驚異的な団体でも
あるのかと想われる。

 例えば、Coup d'état(くーでた)などの場合を
想定すると、周辺諸国の軍事的脅威より、遥かに
民に与える悪影響は、強いと想われる。

 また、自衛官による犯罪行為などを考えるなら、
防衛でなく、犯罪の為に職務を経て経験を活かした
と言う結論からは、自衛隊における志が歪んでいる
ことを意味する。

 これらの二つの例から解るように現実を直視して
いるようでも、その真意が見えて無い場合が多いと
言うのが現実である。

 つまり『日本最強の武装集団は、自衛隊であって、
次に警察組織である』と言う事である・・・w

 その違いは、「志ひとつであり、当人に委ねられ、
それを維持するにも、相応の苦心を要する」と言う
現実である。

結論

 加害者を武力的に制したと言う展開で事が進んだ
と言うわけでも無いような情報が提供をされており、
それによって解決したとされる限りでは、好かった
のかと想われる。

 しかし、Terrorist達が、次世代の戦い方として、
選択をする『経済戦略』等を考慮するなら、相応の
防御力を準備する必要がある。

 米国で発生した、同時多発Terrorism現象と市場
と言う混合での攻撃も想定される。

 ちなみに、特定の株価暴落と、高騰を予期してる
と言う場合には、相応の仕手筋にて株式が動く事が
予めに解っているので、それらの観点からTerrorism
活動を事前に把握できる事も可能なのかと想われる。

 また、『真意の経済的支援、文化維持的な支援』
と言う観点で考えるなら現地文化における子供達が
健全に育ち、そして老後を幸福に迎える事ができる
と言う観点までもを終結とした、支援展開が必要で
且つ、その文化の自立的な展開も要される。

 逆に、末期がん患者が利用するHospice(ほすぴす)
などのような支援活動を展開するのは、酷であって
「救済した子供が成長を遂げ、Terrorism参加をして
活動をしている」とされる結果だと只単にTerrorism
などを支援していたことになる。

 Somalia(そまりあ)などの問題も、そうであって、
『女性が慾する子供を産み育てると』言う幸福感が、
なぜか、Terrorismの原体を作っているのである。

 ・・・わけも無い。

 しかし、子供の幸福を考えていたならば?

 でも、Viking(ばいきんぐ)などの幸福感とは?

 私が、『小さなViking作戦』で展開をしてるのは、
貧困地の子供における心境と、将来(老後まで)を
考慮して、自立的展開に必要とされる思考を踏まえ、
銘々をし戦略思考である。

 狭くは、家庭や周辺友人、広くは、人類規模まで
応用できる内容となる。

 『小さなViking”びっけ”』は、貧困地の子供達に
読んで貰いたい、作品の一つとなる本でもある。