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次第に時世界大戦後における国内の学生運動

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投稿日 2009/1/20(火) 午前 8:38

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色々と有ったようですが・・・

 結果的には、只の暴徒となってしまう事が
多かったようです。

 基本的には、、親や他の大人等との対立を
行いつつ、たてこもってみたりする。

平成を迎えて・・・

 団体的な活動意識は、薄れた物の自己人的
活動として、引き篭もりが・・・w

学生への選挙権

 そぉ~感がると、微妙なのですが・・・。

 でも学生の時期に色々と研究をしつつも、
世間に出た時に、挑むと言う姿勢は、必要と
想われます。

 しかし、それが過剰になってしまうことで、
暴徒と化すると、全く持って意味が無い。

 つまりは、只の暴力団などと言った分類に
なってしまう・・・(。-`ω-) ん~♪

 それらを、どのように防ぐのかが問われ、
且つ学生達による文化向上などにも期待を
されるのですが・・・(-ω☆)きらぁ~ん♪

結論

 倫理性を、どのように維持できるのかが、
重要視されるのかと想われる。

 私の経験だと、5人以上になると微妙・・・w

 つまり5人以上の集団で倫理性を保つと
言うのは、意外に難しくなってくる。

 そこで人は、『信用』と言う言葉を使う。

 しかし、その『信用』と言う言葉を使う
ことによって人間関係における問題が等が
生じるのも事実である。

 私の場合には、『相手を信用する』との
観点が基本的に無い。

 相応の人員に物を頼み、その仕上がりを
相応に評価するだけの事であり、誤などが
あれば、それを修正するように求めるだけ。

 『社会主義』傾向や、『信用』などでの
観点だと、一切の責任を相手に委ねるとの
場合が多いが、只単に、『物を頼んだ』と
言う観点での責任を、免れたいだけのこと。

 人は、相手に物事を頼んだ人にも相応の
責任が生じているのかと想われ、全責任を
相手に押し付ける輩で、まともな人には、
あった事が無い。

 文化の向上を目論むという事は、若者の
未来を形成する貴台を作る事にも繋がり、
樹木のように、土が形成されるようにと、
上場にと重なって行くのかと想われる。

 できる限りは、紛争とならないように、
また紛争となるようであれば、議会の場や、
相応の場所を用意して、合法的に争うとの
対応が現代人としての対応方法なのかとも
思っていますが・・・。

( ̄ω ̄)=3 はぁ~♪