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Sea Shepherd の乗員に逮捕状♪ > 国際手配

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投稿日 2010/5/1(土) 午後 7:27

どうなるのか?

 結論的に、国際手配にと成ったらしい!

結語

 普通、公共機関と団体(個人でも同じ)で
意見が異なる場合は、「①憲法に伴う請願、
②話し合いの場を設けるように請求をする、
③法廷への事件提起」と言う三種が有って、
まず、その三点を行うのが基本である。

 逆に、それらを行わずに、公的機関に対して
不平、不満を元に活動をする場合は、迷惑行為、
不当、(時に、不法行為)である。

 日本人は、現代に至っても自由と勝手の差が
理解をされないのかと想われ、そもそも相応と
なる教育が無いのかとも想われます。

 小学生の低学年時期に、自由と勝手の違いを
十分に教える必要が有り、欲求を満たすために、
第三者へ要望を伝える方法、それが叶わないと
言う時は、自らが個人的に追求をする、諦める
などと言う手段すらも教える必要がある。

 例えば、殺人や傷害は、不法行為なのだから
そうした欲求は、諦める必要がある。

 しかし合法的な行為であるが、人の自由にと
委ねられつつも、子供の能力では、それらが、
不可能であり、親などの第三者に要望を行うと
言う場合に、それが拒絶されれば、不満が積る
だけと成ってしまう。

 私の知る限りでは、犯罪の基本が『奪う』と
言う事であり、つまり「慾する心情を満たす」
と言うことが根源に成っている。

 格闘などもSports(競技)に転化をされてる
ように、人の各々による性格に伴った本能的な
過剰となった欲求などを満たすことが行えない
場合だと欲求不満と成り、憂鬱に成るのが普通。

 その心情までもをSportsの訓練で学ぶことに
成るので、人材的に重宝がられるが、只単に、
転化をしているだけなので、根源が変わらずに、
『善と悪との相対関係』が成立ってしまうのも、
人間の欠点である。

 「正義なら良いので無く、正義であっても、
現代的な活動が求められている」のであって、
暴力に対して暴力で対抗をしてれば、双方が
暴力的な解決を求め行ったのだから、なんら、
「暴力行為を行わない」と言う人道的な理念に
叶って無いのであって、中東のTerrorist等が
米国などの先進国による軍事展開ごとが暴力だ
と言う趣旨も、「暴力における善と悪との相対
関係」を考えれば、間違っていない意見である。 

 また私の知る限り、『喧嘩両成敗』と言った
事柄は、基本的に有り得ない。

 先制攻撃にしても、その攻撃を行う理由等が
有るのかと想われ、その被害者側も自衛欠如が
有るのかと想われます。

 では、無差別殺人なら、どうでしょうか?

 結論的に、犯行者の心情における崩壊から、
『人間関係の破綻(人道的な倫理を維持すると
言う理由が無くなる:理性の倒壊)によって、
他人に被害を及ぼしては、成らないとの行動を
制御する理由が無くなる。

 個人的な倫理性の制御観点で理由が無ければ
制御をする必要が無いのだから、それを行うと
言う欲求に対して実行するに至る。

 しかし、それは、突発的な精神感情に伴う、
「遊撃的な世間に対する攻撃」であって、別に
「理由無き犯行である」とも言えず、「世間や、
産みの親に対しての復讐的にと行った」と言う
のが殆どであって、奇怪な事件とも言えない。

 更にたちが悪いのが、殺人、殺傷などでの
Terrorism欲求を、せめて戦場で発揮するなら
(軍人活動者ならば)その行為が世界的にも、
認められた活動にと成るのかと想われますが、
戦場でなく平穏な民の生活を破壊すると言う
観点では、一方的なTerrorismによる平和侵害
と言うことに成るのだから、共存性の無いと
される団体との共存は、当然に認め難いのが
一般的な心情かと想われ、只単に同胞主義で
成り立っている軍事関係としか言えない。

 また、そうした戦場でない民の生活環境で
暴力を主体に利益を得る集団を暴力団と言う
解釈で纏められるが、暴力以外の手段にて、
活動を行っている場合には、単に犯罪集団や、
その協会でしかない。

 犯罪などの被害に逢わない為にも、自衛の
概念が必要に成るのかとも想われます。

 しかし一般の個人として犯罪の被害に遭い、
自衛手段が想い付かない場合は、警察などに
相談をする必要が有るのかと想われます。