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警察官は、他人に正当な理由無く暴行を与えても減給ですむ?

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投稿日 2008/10/24(金) 午後 7:10

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Taxiの運転手を殴った?

 信号待ちをしていたTaxiに持っていた
PetBottleを投げ付け、さらに降りてきた
男性運転手の顔を1回殴ったとのこと。

 管内の県情報通信部に勤務する技官の
男性係長(43)を一割減給分を3カ月の
懲戒処分としたらしい。

 原因は、該当係長がTaxiが乗車拒否を
行ったと勘違いしたらしく、当時には、
同僚と酒を飲んだ後での事だったらしい。

・・・(。-`ω-) ん~♪

しかし奇妙である!

 酔っていれば、過失となるのか?

日本国 刑法

039条

 心神喪失者の行為は、罰しない。

同条2項

 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

208条

 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、
二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は、拘留
若しくは科料に処する。

 中部管区警察局は、Complianceと言う観点で
内部的な規制厳罰を科する意味合いで、処罰等を
行っているのかと想われるけど・・・。

 被害者から別枠で、被害届けや、厳重処罰などの
要請があれば、当然に刑事告訴となるのかと想われ、
相応の処分が別枠でなされるのかと、想われる。

 がぁ~♪

 一般の人は、『先の減給』で納得してしまう事が
多く、むしろ刑罰を誤魔化された事になるのかとも、
想われる。

 こうした方法は、近年だと、公務員や大企業など
大きな弁護士団体からの支援を受けれるような場合、
その殆どが、今回の事件のように、表見的刑罰にて
実刑を免れることが多いようです。

・・・(。-`ω-) ん~♪

じゃぁ~、どうすれば良いの?

 そもそも被害報告をちゃんと行い、且つ、厳重罰
などを希望するとして対処をする事が求められる。

 ちなみに被害報告を警察にて行う時に、加害者に
対して、どのような罰を望むか?(厳重、法規定の
中間程度、軽度)と聞かれる。

( -ノω-)こっそり♪<わざと聞かないで、軽度で作成する輩も居るらしいけどね・・・w

 それは、当人の受忍度を表すことにもなっており、
Aと言う人が、「厳重!」と言う被害事件を、Bが
受けて、『軽度♪』と言うのとでは、相応に対処が
異なるようです。

( -ノω-)こっそり♪<書類送検とかだけで、誤魔化す場合も有るらしいのだけどね・・・w

 警察署から書類が検察に送検をされても、それを
検事が立件するのかは、別問題となるのである。

・・・(。-`ω-) ん~♪

犯罪を無くしたければ・・・

 少し過剰なぐらいに、防衛体制や、防備体制等を
整えて、加害者からの攻撃に応戦する方が良いかと
想われる。

 これは、其れまでに一般的感覚で『受忍度』との
観点が、『被害者本人の範疇』で被害報告をされて、
その後に『被害者本人の範疇が、法的な観点にて、
どこまで適合するのか?』が、法廷にて計られて、
刑罰が決まるのである。

 逆に、被害報告を行わないことが原因で、むしろ
軽犯罪が頻発に発生をして、大事件にと繋がるとの
場合も、多く発生をしている。

 例えば、交通事情における違法駐車があり、その
車両の陰から子供が飛び出して、それを走行車両と
衝突して死亡した場合、重過失などを問われるのが、
走行車両の運転手であり、事故の主原因となる違法
駐車の持ち主(また、そこに駐車した運転手)は、
違法駐車だけを問われる。

 運転手は、そうした運転における危機管理の為に、
そうした障害物を発見した場合には、十分に運転を
警戒すると同時に、そうした車両を警察に通報する
と言う行為にて、Risk(りすく)の除外を行う事が
求められるのである。

 また、ありがちなのが、同僚や仲間内によって、
生じる『仲間なら無罪』と言う行為もある。

 虐めや、ある意味でDV(Domestic  Violence
つまり、家庭内暴力)なども、『仲間なら無罪』と
言う現象が生じる。

 これらの観点からも、犯罪を助長しているのは、
むしろ私達であって事前に、そうした現象などを、
解消するべく手段を行えなかったことに、問題が
在るのかと想われます。

悪い奴ほど、『公的権力を押し付けるのか!』っと言う

 私の経験だと悪行を行っている輩の特徴として、
もの事を法的観点で説明して、それを自粛しないと、
「強制力をもっている公的な機関に、それら等を
制するように願い出るしかない」と言った台詞が、
私の決まり文句となっている・・・w

 その言葉を聴くと、相手が『やばい!』っと、
想うらしく動揺するので、その瞬間に「但し、
私が提案する改善案を検討するなど、今後未来に
向けて改善の余地があるなら、その必要も無いと
判断する」っと言うのである・・・Σ(〃▽〃)♪

 これは、相手の更生力を計っているのであって、
更生意識の無い者には、何を言っても無駄である。

 よって公的機関の判断によって、対処がされる
事となる。

 この私の行動を、先の違法駐車に例えるならば、
違法駐車を自分が走行する範疇に発見をした時に、
それを厳重警戒で回避した後に、そもそも厳重的
警戒力を要した『違法駐車をしている車両』をも、
除去する為に通報する(基本的に、当人に直接の
注意を避ける必要があり、事例だと注意が原因で、
むしろ更なる被害を被る危険の方が高くなる)。

実は、戦略論で成り立っている!

 その場、その場において、色々な手段があるが、
自衛をあげたような内容は、実のところ戦略論で
あって、軍事戦略論での警戒防備における戦略に
なっている。

 Patrol(ぱとろーる:警戒)、危険回避、又は、
事前の危険物の除去対応(警察などへの通報)を
行うことで、通勤、通学、買い物などの経路での
安全を確保する意識が必要になり、そうした志で
防犯、防災に努めることが、自衛の概念に必要と
されている。

 防御の為の戦略論は、平和や個人の幸せなどを
維持する為にも、重要視されるのかと判断をされ、
その範疇には、精神、身体医学(つまり、食生活
などを含む健康維持)、自然災害、事故等の回避
などと、範囲も広くあります。

 それらを把握すると言う意味で私は、日本国の
憲法と、その配下の法規を学ぶことを皆さんにと、
お勧めしますが、法科学校に行き、法規を学ぶと
言うことは、「宗教の洗礼と同じである」と予め
覚悟するほうが良いのかとも想われます。

 私的には、判例六法程度があれば、十分であり、
それによって生じる「民によって生じる、法規の
誤信や、過信と言う現象は、むしろ法規設定にて
万民に理解される法規を設定していない」と言う
範疇になり、相応に改善されることが要される。

 つまり万民の国民が理解できない法規を法規と
民として認めがたく、法律家などに法的解釈等を
求める必要があるような法令を、民が厳守すると
言う事もできないのだから、規範と言えないとの
判断を民として行い、それを基に条文の改正等を
求める(不明確な条文を明確にする)などと言う
請願や、代議(つまり代議士に依頼する)の依頼
などを行う事までが、一般人に必要とされている。

 安全と安心は、皆さんの自衛力で成り立つとも
私は、想っています・・・(-ω☆)きらぁ~ん♪