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代理出産に関する法的な解釈が定まった?

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投稿日 2008/1/31(木) 午後 1:51

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今回の写真

(∇〃) .。o(この画像は、Internet上で拾って来た物です♪)

「あたいはね、お父ちゃん、お母ちゃんよりも、ここが良いの♪」

(∇〃) .。o(そこに居たければ、すぅ~っと、そうしてなさい!電源を切ちゃる♪)

日本国の法規では、代理出産を基本的に許可しない!

 日本国の民法上における解釈としては、『代理出産』を
原則として許可しないことを決めたらしい。

 理由として、代理出産をする女性、産まれて来た子供の
心身的な苦痛などを考慮してのことらしい。

戦争をする為に子供を産む女性たちの事ですから・・・

 男性である私としては、今回の原案解釈で良いのかとも
想っています。

 女性が子供を産むには、男性として想像も付かないと、
言う程に、心身共に大きな負担がかかります。

 それにおける危険性は、母子(子は、胎児)共に、その
負担を生命誕生の喜びと言う心情で、乗り越えることにと
なるようです。

 しかし、五体満足に産まれて来るとも限らないのであり、
代理出産にて、障害を生じた胎児を、どうあつかうのか?
などと言う観点で、代理出産を望む人の親としての感覚で
予測しずらいようです。

 逆に、そうなったら『堕胎すれば良い』と安易に考える
内容でもない。

遺伝子の継承に拘る・・・それは、本能だと想う

 『自分の子供が欲しい』と望む事は、本能だと想うけど
ある意味では、動物的だと言えるだろう!

 人類の歴史から見ても、そして日本国の文化的な歴史を
遡ってみても、「近親を含めて血族への拘り」と言うのは、
生存戦略の基本であるのかと想われる。

 しかし孤児の存在を含めて、そして日本でも、かつては、
存在していた戦争孤児による養子によって、育った昭和期
戦後復興の文化で、必ずしも親の想いと言うものが自らが
出産た子供だけに留まると言うわけでもなかった。

 私が、第二次世界大戦後の日本国の文化に拘って色々と
調べていた・・・と言うよりも、良い文献や映画の作品は、
今を持って見ても、その良さが時代を超えて伝わってくる。

 古き良き物、、常に新しく・・・

 この言葉は、私が好きな言葉でもあり、私の場合いは、

 現代の品でも 安くて良き物を探す

 っと言う事に、拘ってもいたりする・・・w

親は、子供を選べても、子供は、親を選べない

 一般的な解釈で『親も子供を選べない』と誤信している
人が多いようです。

 しかし『異性を選ぶ』と言う観点からも「親は、子供を
選べる立場にある」と解釈されるのが、医学的な観点でも
言えるのかと想われます。

 この観点は、我が子と言う感覚で『人』に限られた事で
ないとも想われます。

 愛玩動物にしても、我が子のように可愛がったりもし、
それは、男女に拘った感情でもないようです。

Spielberg(すぴるばーぐ)の映画で『A.I.』と言う作品がある

 これは、子供型のRobot(ろぼっと)を養子にすると言う
作品内容である。

 主人公は、養子となる子供のA.I.Robotである。

 『Pinocchio(ぴのきお)』と『おずの魔法使い』とを、
含めつつ、手塚治虫のような感覚で、物語が展開をする。

 子供が病に倒れ、冷凍保存をされている家庭。その両親の
切なる想いは、混沌とした未来にと縋っていた。

 夫の勤める会社で新しく感情を、いや愛情を持つ子供型の
Robotが開発され、そのTest運用に夫が選ばれ家庭に持ち帰る。

 それは、妻にとって冷凍保存された子供への失望を意味し、
受け入れ難い存在だった・・・初めは・・・。

 徐々に家庭の一員として受け入れられるA.I.Robotの生活。

 しかし医療の発展が実り、病に倒れ冷凍保存をされていた
子供が甦(よみがえ)り、実の我が子と、Petのような愛情を
持つRobotとの生活が始まるが・・・。

 A.I.は、用済みの場合においては、生産会社が引き取って、
処分する事になっている。まるで保健所の動物処理の如くに
処理されるのである。

 母親は、それを拒みつつも、『A.I.』を捨てる。

 そして『Pinocchio、おずの魔法使い』のような冒険などが
始まるのである。

 そこで出会う婦人の性欲を満たす為に開発された男性型の
Robotと出会い、二人で旅をする。

 しかし、男性型のRobotも・・・。

 母親の愛情を求めて、ひたすらに旅をする『A.I.』は、
自らが人になれば、母に愛されるのだと想いつつPinocchioの
Fairy(ふぇありー)を探し続ける。

 そして求めるFairyが見付かり後に何千年も間、願い続ける。
自らのEnergy(えねるぎー)が無くなるまで・・・。

 時を超えて超未来の生物が古代生物となった人間達の遺物
と言う解釈で、『A.I』を見つけるのである。

 そして、A.I.の希望を叶えてくれるのである。

 誤解しないで欲しい、彼(A.I.)の希望は、人になる事で
無く、母親から愛される事であり、その願いが叶うのである。

この映画を見てみないと、これ以上の事を伝えられない・・・w

ところで、代理出産の件なのですけどね♪

 つまり『A.I.』の映画からも解るように、人の愛情は、
形が無く、流動的なものである。

 孤児院の特徴としては、母、父となる者が平等に人々を、
愛せると言う観点によって成り立ち、その追求をしていると
言う人達によって、維持されている。

 神仏共に、結婚をすることを本質的に、認めていないが、
それは、自らの子供や、固有の愛する人を作る事によって、
平等に人を愛せなくなることを懸念しているからだ。

 っと言うのが、之までの主観での結果である。

 ちなみに、それを否定し、もっと解って欲しい!などとの
口実を元に、入信を迫る輩的な宗教員が多い。

 基本的に、そうした行為をする信仰内容を否定しないが、
信者の人としての素行における信用性が無いと判断をする。

つまり代理出産なんです!

 私は、今回にて纏められた代理出産における原則的なる
法解釈には、それを男性の立場として支持します。

 世界中には、Pet以下の扱いを受けている子供も居るとの
事実もあり、そうした人類規模の観点で、安易に容認等が
できるような状況に、現代の日本国の文化的意識の基では、
無いと想われます。

 現代人は、Fiction(ふぃくしょん)とReal(りある)と
言う観点での境目が、どこにあるのかが問われます。

 既に存在をしている子供達の幸せを誰が保障をするのか?

日本国
憲法前文 一部抜粋

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて
行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による
成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする
ことを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この
憲法を確定する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する
崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の
公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に
除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい
と思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

  日本国憲法 監修代表者 Douglas MacArthur

 私たち日本人は、日本国憲法の前文すら満たせないのが
一般の国民性で…、あったと自覚する必要がありそうです。

 尚、前文の結文として次の事が記載されている・・・。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と
目的を達成することを誓ふ。

 この文面を見るかりぎ、私を含めた『あなた』は、どこ国の
人なんだろうかと、日々の生活を振りかえり想うのでわ・・・w

代理出産の結論

 そこの俺好みの女!  俺の子供を産め!

 居酒屋がの注文じゃあるまいし・・・

 「喜んでぇ~♪」なんて言うなぉ~・・・www

 こら、そこ女!

「あのぉ~、行為だけなら・・・♪」

っと、PCの画面の前で言いつつ、指を咥えない!

・・・Σ(〃▽〃) あはぁ♪