記事一覧

No.0638 子供に苦労をさせよう

配信 2005-12-18
*======================*
  元祖 万<よろずがく>学 No.0638
*======================*

※万学も『第2回まぐまぐBooksアワード』にEntry♪
読者投票期間:12月07日〜12月21日 応援してみる?

作成 2005-12-12
課題 子供に苦労をさせよう

 苦労は、買ってでも行え!

 この言葉は、戦後において苦労をかせねた後にて
社会的地位を得られたCareer思考の言葉であります。

 ちなみに現代日本の公官庁での意味合いとしては、
大学出身者以上の人を意味するそうですが、詳しく
判っていません。

 不思議と親が子供に苦労をさせたくないと言った
名目で、日々の生活をしている人達がいるのですが、
果たしてそうでしょうか?

 日本人は、比較的に欲深く、社会的優越感が強い
人種であると個人的には、思っています。そうした
真髄意識を表面で言葉にしてしまうと恥ずかしい!
そこで「子供のため、家族のため」など言うような
言葉を使っているに過ぎないと思っています。

 ○○ために・・・。

 そう、この万学の原点である”正義の名の下”で
個人的理解を深め追求した”正義のために”と言う
観点を”不義を不義の名の下に行うと正義になる”
といった、数学上の理論が、現実の人間社会にでも
通用してしまうことがあることをつきとめています。

 正義のために暴力を・・・。

 さて話題は戻りまして「子供に苦労をさせる」と
言った課題についてですが、これにおける問題では、
”苦労=経験”をさせると定義したいと考えてます。

 経験なくして事を語るとことが、経験者を軽視を
していると経験者から反感を得てしまうことがある。
こうした現象の原因として、経験者の苦心を身体で
感じそれを伝えることが、未経験者に出来るのかが
問われているのです。

 説得の上手な人は、相手の感情を感じつつ更に、
相手に自分の感情を重ねて相手に理解を得られると
言うような言葉の使い方をするが、社会的な地位を
得てしまうと、経験や理解よりも”権力”に任せて
物を語ってしまうのが、人間の文明的な性(さが)
なのかもしれません。

 つまり日本人として未経験でありながら物事等を
語ると言うことは、語らぬ恥よりも外道であるとも
意味解される状態なのです。

 確かに論理的に学んで物事を語るという点では、
いささか経験者に対して、その心情を理解するとの
意味合には、達していない。

 ちなみに、そうした話をする場合には、経験的な
話の後に、「私は、経験が無いが、もし同じ境遇で
経験をしたならば、○○する」と語るのが妥当です。

 人類規模でのDown Sizingがはじまり専門分野が
増えつつも、組織的な仲間意識の下にて活動をする
ことを好む人が多い情況には、落胆してしまう。

 また子供達の苦労を見て、親や大人達が未達成の
情況にある段階で手助けをしてしまう状態などにも
問題があるかもしれない。

 子供たちが未経験であり、今まさに挑んでいると
言う情況に、経験の知識を注ぎ込んでしまうことは、
発展途上国に、いきなりHigh-Tech文明での生活等を
せまることに値をすると思っても良いかも知れない。

 子供の苦労は、買ってでもさせ 更に子供が自ら
招いた苦労は、勝手にさせておく!

 こうした親子や社会的関係が人を強く、育てると
私が個人的に思っていますが、その手段方法等は、
色々あり、子供の性格などにも寄るかと思われます。

 しかし基本は、日本国憲法、またその配下にある
法律、条例、規律などを厳守することにあります♪

*−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−*
☆ 笑いの電動コケ師達 ☆
(万学的、帰ってきた天才、秀才、HIROとその仲間♪)

<お題>
万学的、苦労は、買ってでも行え!

天才 子供の経験は、後々の人生でも語られてゆく。

博士 子供の経験は、科学者の如く純粋な経験だ。

秀才 子供の経験は、危険行為もあるので要注意だ。

HIRO お医者さんごっこしても将来医者になれない。

*−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−*

Mail Magazine の登録、削除、Back Number

登録、削除
Back Number(よろずや Wiki)

運用

作成・編集 万屋

Web Site(趣味的)

よろずや Wiki

 ・Podcast の運用

= 無許可で、複写・転載・引用を行う事は、止めて下さい。 =