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苦しむ妊婦を救えない環境

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投稿日 2008/10/23(木) 午前 2:00

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医師、病院に過失が、生じるのか?

 事件は、発生した。

 既に妊婦による救急搬送に纏わる
事件は、多く発生している。

 しかし実際は、妊婦に限らずとも
多くが、搬送の遅れを原因として、
死亡する場合があるようである。

 逆に病院側は、その過失などを、
問われたく無いが故に、受付などを
拒否するのが一般応答になっている
可能性もある。

 なお、私が過去に習得をしている
上級救命技士の資格習得のときにて
習った内容では、致命的な疾患での
応対には、緊急性を要するとされて、
それにおける相応の応対が要求され、
応急処置でも大いに役に立つと・・・。

産婦人科の責任

 頭を抱えて痛い痛いと七転八倒を
する状況・・・。

 鎮痛剤投与、並びに、母子安全の
確保や、苦痛による更なる病状等の
悪化を避けるために、安定剤などの
投与、また、胎児の流産、分娩など
あらゆる可能性を瞬時に模索をする
必要があったかと想われる。

 少なくとも1時間もあれば、鎮痛
関係の薬品を投与ができたはず。

 脳内にての疾患に付いては、その
苦痛によって悪化する可能性がある!

 よってまず苦痛を取り除く必要が
あったかと想われ、それによって、
脈拍の安定が確保でき、かつ苦痛を
和らげることが可能である。

受け入れ病院側の過失

 都立墨東病院には、医師が一人で
受け入れできないとのこと。

 正直言って、そんな病院などを、
救急医療指定する国に、過失がある。

 また別の観点からは、医師技術は、
複数人で応対する事を、基本技能と
言う形で、資格を提供していない。

 その殆どが、個人にて基本原則の
あらゆる技能があるとして、資格を
国から提供をされている。

 又、応援医師の手配も行えたかと
想われる。

患者の過失

 そもそも、患者における日々での
健康管理に問題があって、疾患等が
生じていことが、凡そで推測が付く。

 それは、食生活や通常での生活に
おける習慣病からなどと、想われる。

 つまり先天性の疾患で無い限りは、
患者の生活習慣による過失によって、
生じた事が原因とされるのかと判断
できるのである。

 その延長線上にある医師の応対に、
重過失があるのだろうか?

犯罪の減少を求める独自の研究にて得たことは・・・

 そいつが反省しても新たに生まれた
新しい人によって、犯罪が繰り返して
発生をすることが解っている。

 犯罪者を悪として、それに戦い等を
挑もうとする輩を、むしろ犯罪者より
劣る人間性を持った、『野蛮人だ!』
と解釈をした方が良い。

 つまりは、『合法的に人間狩り』が
行えるだけだ。

 原理主義者の思考は、基本的に物事
などの原点を見据える習性がある。

 Terrorismの背景には、物理的なる
不条理が見えている場合が多いのだ。

 よって暴力を暴力で制することは、
基本的にできない。

 仏教では、『獅子の心理』があるが、
それを理解する人も少ない。

 さて、今回の事件では、医療である。

 しかし事の原因は、患者側における
日々の健康維持義務に過失があるとも
推測さることから、患者側の自衛管理
などに過失があった可能性が高い。

 そして医師側では、大病院で一人が
当直となり、救急病院を名乗るのは、
夜間にConvenience Store(こんびに)
業務で、一人で勤務するのに似ている。

 つまり、数名の強盗に襲撃をされる
可能性は、否定できない環境を保って
いるのであって、自衛力に欠けている。

 それを病院に代入すると、一名での
医師にて対応が不可能とされるような
救急事件は、当然に発生することが、
予測できていたのだから、病院側での
運営における責任が問われる。

そして、この記事を見ている人々!

 皆さんにも、そうした事件の発生を
させる環境を維持してきたとの責任が
在るのかと、判断ができる。

 国や行政が、環境を変えるのでなく、
皆さんの的確なる改善案や、意見等が
必要であって、それが無い限りでは、
行政が動けない。

 又は、救世主のような独裁力のある
代議士(基本的に、代議士本人の主張、
そして実行力がある人員)が、良案を
提供しない限りでは、改善をされない。

 私は、神仏、精霊に過剰に媚びると
言う人間が嫌いだ!

 神仏、精霊に好かれる人でありたい♪

 Christを見殺しにできるような信仰
などを維持する人達に、理解のできる
文面では、無いと想われるが・・・w

 皆さんの、さり気無い発想が自分達の
生活環境を進化させる・・・。

 そう、適切な窓口に、それを起案する
こと、そして採用させることができたら
と言う条件付きで!

結論

 自衛力の無い、日本国民が原因して、
悲劇が繰返され、その自覚の無い国民が
明日の犠牲になる。

 人間界の、極自然で当たり前な法則。

 それらを理解している者と、理解して
居ないものと人生は、歴然である。

 明日の犠牲にと、なりたくなければ、
あらゆる面での自衛能力を得ようとする
欲があっても、良いのかと想われる。

 但し、自然との調和なの中で・・・。

 なお、結論的に、頑張っても人の命を
救えない事がある。

 遺族が納得しても、他界した人は・・・。

 あなたは、自分の命を守りきれますか?

 それとも、他人の生命の犠牲にと、なる
為に正義感を抱き、その運命を受け入れ、
死後において、英雄視をされたいですか?

 どのような人生を選ぶのかは、時の運で
なく、そのRiskから回避しようとする心が
あなたの人生を変えると、言えませんか?