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東大生のNoteは、美しい!?

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投稿日 2008/11/2(日) 午後 8:22

らしい・・・w

 学生に受けるのかと想われた、その本ですが、
どうやら、中年の男性にも人気があるそうです!

 その本とは・・・

 ||『東大合格生のノートはかならず美しい』||

 っと言う本で、文芸春秋から出版されている
そうです・・・(-ω☆)きらぁ~ん♪

情婦を上手に収集する

 Noteを楽しくすると言う事が、重要なのですが、
そのNoteを改めて見る事があるのか?と言うと、
他人のNoteを見たり、書き写した利する事などが
あっても自分のNoteを開くろ言う機会は、意外に
少ないように思えます。

 では、なぜ東大生などの学習が好きな人達は、
Noteが上手いのか?

 むしろ、拘った記載方法によって、それを作る
こと自体が楽しくなって、相応に頭の中に入って
行くのかと想われるのです。

 人は、不思議と嫌な事を忘れようとする反面で、
反射的に脅威を避けようとする傾向があります。

 逆に、善い事の場合には、それを、できるだけ
細かく追求をしようとするのが普通です。

 しかし、目的があっての事となるので、大学の
学習期間が終わってしまうと、それを活かせると
言うような職場で無い限りでは、勿体無い能力と
なってしまうのかと想われます。

ところで、Noteは、誰の為に作るのか?

 日記を付けると言う事は、例え一行であっても
それは、貴重なる人生の一時を表した言葉であり、
その人の人生を語っている事となる。

 逆に単調な文面でしか日々に書けなくなるとの
状況は、その人の日常事態が単調である可能性も
否定できないのである。

 さて、誰に見せる・・・と言うわけでもなくて、
場合によっては、それを再びに見る事無く捨てる
と言う人も多いのが現状では、無いでしょうか?

 中学、高校に記したNoteを、30歳を過ぎても
保管していると言う人は、少なく、また保管等を
されていても、誰が見るのだか現在のところでは、
不明であると言う人が多い。

 結論的には、自分が能力、知識として得たいと
される内容を入手する為の訓練方法であるけども、
それは、試験などで良い点を取れば、目的達成を
するとの事で、役目が終わってしまうのである。

 しかし・・・。

 拘っている人達のNoteは、違うようです!

 学校や試験の学習から、ふと個人的に試験等と
関係の無い部分に興味を示すことがあります!

 それらをNotoに記録する事で、次第に価値観が
変って来るという事が解ります。

 Blogも、そうした自由発想と、書き捨て的なる
情報でありながらも、Internetを通して誰かが、
何かを検索した時に、偶然にも摘出されることも
あるのかも知れません・・・(-ω☆)きらぁ~ん♪

 しかし、個人のNoteに記載をされた内容などは、
その当人が公開を許さない限りでは、どうやら、
その内容を簡単には、見れないようです・・・w

そんな秘密的なNoteが・・・

 東京大学の受験に受かるような人達のNoteを、
色々と見て、その中から法則などまで見つけて、
それを本にしたとされるのが、今回に話題にと
なっている。

・・・(。-`ω-) ん~♪

 私も、見てみたいですなぁ~♪