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行政書士が、弁護士法違反?

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投稿日 2009/6/29(月) 午後 2:36

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過払い金返還請求訴訟を提起!

 弁護士法によって、他人の利害に纏わる
司法行為には、制限がされている。

 今回の事件では、行政書士の資格を
有した者が、越権的に『 過払い金の
返還請求訴訟 』を行った事件である。

行政書士

 実は、行政書士にも、行政書士法が
あって、規制をされている。

弁護士と行政書士の違い?

 弁護士と、行政書士の他に司法書士
と言うのも有る!

 『 司法書士 』に関しては・・・

(1)登記の代理
(2)裁判所・検察庁・法務局などに提出する書類の作成代書など

(A)簡易裁判所における訴訟代理
(B)裁判外の和解について代理
  (☆1 但し、紛争目的の価額が140万円を超えない場合に限る)
   参考:裁判所法・第33条、第1項、第1号

 上記の(1、2)は、一般の司法書士資格で
行える業務ですが、(A、B)、別枠にて法務
大臣が実施する『 簡裁訴訟代理能力認定考査 』
の認定を受る必要が有る。

 よって法律的に今回の事件では、弁護士法の
違反だけど資格的に『 司法書士+認定 』が
有れば行えた、業務行為であった。

 また、私の認識だと「 弁護士の資格は、
行政書士、司法書士、そして弁護士の資格で
独特となる行為 」が、業務範疇になるとの
認識が有る。

 つまり「 弁護士は、行政書士、司法書士
などの業務範疇が含まれている 」と言った
認識がある。

( -ノω-)こっそり♪<合っていたかな・・・Σ(〃▽〃) あはぁ♪

(∇〃) .。o(間違って認識をしていたり♪)

結論

 私の人生経験から言うと、『 業務資格 』
と言う物の必要性は、利用者の為に有るとの
認識より、「 その業務を行う者を保護する 」
と言う感覚の方が強いのかと想われる。

 つまり国家資格の場合では、「 相応なる
能力を得たと国が補償をする 」と言った、
太鼓判であって、それに基づいて業務行為が
行えるようになる。

 しかし、それが無い場合には、「 相応の
能力を国が認めて無い 」のだから「 業務
実績があっても、その業務能力により利益を
得る事は、国が許可をして無い 」と言った
状況となり、不当、不法行為となる。

  • --

 実は、『 運転免許証 』等も同じであり、
私は、数年前に、その点を指摘したReportを
『 交通事故による国家責任 』との趣旨で
作成しており、小泉総理大臣の時期から交通
事故死亡者数が減少をしている。

 但し私の認識だと実質的に「 交通事故が
発生をした後、24時間以内に死亡をした者 」
だけが、『 交通事故死と認定される 』で
あったかと想われ、『 脳死や24時間以降
にて死亡した者は、国家の統計として、交通
事故死の認定外になる 』かと・・・。

( -ノω-)こっそり♪<違ったかな?

(∇〃) .。o(もし間違って認識をしていても、全国民だって把握して無い内容である♪)

  • --

 手塚治虫の漫画にも『 Blac kJack 』も
無資格医師による、高技術な外科的医療行為
と言う内容で、物語が進行をする物がある。

 それらに共通をしているのが『正義と利益』
であって、『合法と非合法』との関係もある。

 そして、そうした業務に関与している人は、
『 独自の正義感 』によって自身を支える
事となる。

 それと類推するのが、Terrorismであったり
もする。

 資格の『 からくり 』に私が思う所では、
「 『 精神的な逃げ場 』が確保をされて
いる状態にある 」と判断をしている。

 これは、会社などの責任者の存在などでも
言える事ですが、『 国家が民を守る 』と
言う部分と、『 上位者が下位の人員を守る
と言う人間関係 』は、社会主義的な理想の
観点で成り立っている。

 組織的に越権行為が形成をされる場合には、
特徴として人間関係(権威性)を悪用すると
言う事が解かっている。

 逆に「 個人的に、展開をする場合だと、
不思議と、自己の正当性は、自身の中にて、
主張をされますが、他人に共感をされたり、
仲間として人員が集まる事を嫌う傾向にと
ある 」のが、一般的である。

 つまり、『 社会主義的な展開 』だと
個人の展開から、同調者と組織を形成して、
自己の存在に纏わる優位性を主張するなど
Charisma的に展開をする。

 逆に、「 正義感が強いと、非合法なる
行為だとの認識が強いが、行うべく正当性
と言う意味での理解と、必要性から自己の
意思によって、その必要性を判断しつつも、
その行為に纏わる審判は、世間に委ねる 」
と言う覚悟で有るのが普通である。

 よって結論的に今回での越権行為事件は、
他にも類推して生じる事件であって、人に
仕組まれた性格的な本能によって、展開を
される事件である。

 ちなみに宗教系の意識だと『 異端的な
正義感 』として、排他される傾向にあり、
世間的な意識から、正当性の剥奪を意識的
行う傾向にあり、社会秩序を守ろうとする。

 しかし、むしろ奇跡は、日常においては、
異端的な出来事であって、それを求めると
言う意味合いからは、「 奇跡の必要性が
高い 」と言うことも解かる。

 今回の事件としての結論として「正義と
利益」と言う部分での葛藤があったのかと
想われ、『 資格と権威 』に付いては、
大いに日本人として、悩みつつ現代的なる
活動が行えるように、自身の行動における
選択を増やしておく必要が有るのかと想う。

 その選択肢が合法の範疇に入るようにと
模索するのが、人生の楽しみであると感じ
得られるようになれば、日本人として開花
するのかと想っている。

技術者達・・・

 資本主義と、技能主義、共生主義(共産
と異なる)などがある。

 この中で技能主義が追求をしているのは、
自己の能力であって、芸術などの範疇にも、
及ぶ事になる。

 資本主義場合には、『 資本を拡大する 』
と言うことに集中した『 技能(才能) 』
との評価も有るが、「 賭博(とばく) 」
と言う存在によって、打ち消されている。

 日本国の場合での生活観点では、それの
『 保護と義務 』による関係によって、
絶妙な均等性を図っている。

( -ノω-)こっそり♪<『GAMEの理論』で言う均衡性の極限追求である!

(∇〃) .。o(憲法の曖昧な部分を自由としているのも、追求心を抱かせる為かと♪)

 論者のように、「論じるだけで、他人の
Motivationを向上させるのは、単にService
行為であるに過ぎない」のかと想われる。

 今回の事件では、当事者が「 司法書士
となる資格を習得する 」ことによって、
防げた事件である。

 逆に、司法書士の資格を有していれば、
別に非合法となる行為でもなかったのだ。

 では、なぜ、その資格が必要であると、
国が定めたのか?

 そして、それを守らない『 特攻的 』
なる非合法活動の存在とは?

 今時代では、そうした『 特攻的 』
となる活動は、好ましく無く、民の心身
安全性を確保しつつ、業務が進行すると
言うような願いなどが、その資格にと、
込められているのでわ・・・(。-`ω-) ん~♪

 国家資格を設定した国は、その利益性、
正当性、必要性を、十分に国民にと把握
させることが行えず、経済的な観点から
考えても、『 非合法行為が不経済だと
把握しえながら、それを防げ無い国家の
原稿体制には、不備が有る 』と感じる。

 ところで、収益を得なければ合法だと
言えるのだろうか?・・・(。-`ω-) ん~♪